野村訓市氏がパーソナリティーとなって毎週放送されているラジオ「antenna* Traveling Without Moving」。ご存知ですか?

J-WAVEで日曜夜8時から放送されているこの番組、とてもおすすめです。面白いです。

パーソナリティーとハガキ投稿者のマウント合戦が面白い

この番組に対するリスナーたちの評判を読むと、「野村訓市の喋る内容が素晴らしい」という感想が多いようです。

たしかに野村氏の話す内容は面白いです。ですが、実は彼はそれほど特別なことを言うわけではありません。カッコいい竹原的な感じといえば伝わりますか?伝わりませんか。

面白くないわけではないものの、そこが一番美味しい部分ではない、という感じです。

ではどこがこのラジオの面白ポイントなのか?

それは野村訓市とハガキを送ってくるリスナーのマウント合戦です。

野村訓市氏のことを私はもともと全然知らなかったのですが、若い頃から世界中のあちこちを旅して回った経験の持ち主だそうです。

50カ国以上を旅したそうです。たしかにすごい。

そして彼は今でも色々な国に行く機会が多いようです。アメリカにヨーロッパ、中東やなんかへも行っている様子。お友達にも外国人が多いようで、インターナショナルでかっこいいです。

一方ハガキを送ってくる人はというと、そんな野村氏のことをとてもかっこいいと感じ、憧れている人々。気持ち、わかります。かっこいいんですよ、野村訓市。

ラジオで喋る声の低音っぷり。そしていかにも英語堪能そうな胸に響かせる声の出し方。ゆったりと自信ありげな話の速度。光のさす角度。

写真を見ても、メガネが似合うヒゲのかっこい男の中の男。憧れます。

さて、リスナーの中にはそういう憧れを抱きつつ、ハガキを送ってくる人がいます。そのハガキを読んで、それに野村氏がコメントするのがこの番組の人気パートの一つになってます。(いわゆるフツオタコーナーなんですけどね)

さて、リスナーが送るハガキには、いくつかのセオリーがあります。

それは決まりになっているわけではないものの、自然とみんながほとんど同じフォーマットで送ってくるというような、型や様式のようなものです。

例えばこんな感じ。(注意:これは実際の便りではなく、私のイメージによる創作です)

野村さん、こんばんは。毎週日曜の夜になると、お気に入りのソファーに深く腰掛けながら、野村さんのラジオに耳を傾けています。素敵な音楽と野村さんの話が、このぐらいの時間にはとても心地よいです。

さて先月、ニューヨークのブルックリンを訪ねてきました。数年前は仕事で頻繁にニューヨークに訪れてきましたが、このところはしばらくヨーロッパへの出張が続いていたので、久しぶりのニューヨークでした。

ニューヨーカーたちは、相変わらず忙しそうにしていて、それでいて余裕のあるような表情で、独特の空気をとても懐かしく思いました。

今回は、向こうで個展を開く友人に会うためにニューヨークに行ったのですが、彼女にお土産として持って行った切子のグラスを渡すと、日本のことを懐かしく感じたようで、彼女は涙を流して喜んでくれました。

訓一さんは、海外にいるときに何を見ると日本のことを思い出して懐かしいと感じますか?

曲のリクエストは、ハロルド・オスバルディアのバック・ザ・ロールアウトをお願いします。

大半のハガキはこんな感じの内容です。

まず冒頭で、野村訓市のラジオの良さを理解できていることを、しっかりと述べます。上のサンプルで言うところの「素敵な音楽と野村さんの話が心地よい」にあたる部分ですね。ここはとても重要です。

事実、このラジオで流れる曲は基本的にどれもかっこいいですし、野村訓市もめちゃくちゃかっこいいのです。リスナーとしては、それに遅れたくないのです。ついていけていることを、きちんとアピールしなければなりません。ですから出だしは重要です。

ラジオの良さに対する理解をしっかりとアピールした上で、”自分の直近の海外経験の話“をします。

今回の場合「先月ニューヨークに行ってきた」にあたります。

しかし、ただニューヨークに行ってきた、ぐらいでは十分ではありません。海外に行ってきた程度のことはこのラジオの世界では当たり前だからです。補強しなければなりません。

ですからこの例では「昔は仕事で頻繁にニューヨークに行っていた」ことを付け加えた上に、「最近ではヨーロッパによく行っている」ことを加えておきました。だからこそ、久しぶりに行ったニューヨークが「懐かしい」のです。

頻度という意味では、これぐらいにしておけば、なんとか戦えます。

しかし、なぜ今回ニューヨークに行ったのか、も語っておかねばなりません。ただニューヨークに遊びに行ってきました、では弱いからです。

そこで「向こうに住む友人」をくわえておきました。しかもその友人は、なんのかはわかりませんが個展を開くような人です。アートなんだかなんだかはともかく、「向こうで個展」が大事なのです。

そんなステキな友達がいて、その友達に会うためにわざわざニューヨークに行く。これだけ情報を入れておけば、十分戦えそうです。

その友達にプレゼントを渡すわけですが、ここで注意が必要なのは、全部をかっこよくしないことです。ですから、少し最先端ではない感じの「切子のグラス」をプレゼントとして渡します。崩しによるバランスですね。

さて、これで整いました。あとは訓市さんに質問を投げかけるだけです。ぶっちゃけ質問の内容はなんでもいいのです。今回は「何によって海外にいるときに日本が懐かしくなりますか」が質問ですが、別に他の質問でもOKです。友達に会いに行くことありますか?とか、ニューヨークどうですか?とか、ご飯はパン派ですか肉派ですか?とか、あれ最近どうなってます?ぐらいでも可です。

最後に曲のリクエストをして終わりです。できるだけ聞いたことがないアーティストの聞いたことのない曲が理想的です。本当にそれ知ってんの?ぐらいのものであるほど、様式美を感じられます。なお、上記のハロルド・オスバルディアで調べても何も情報は出てきませんのでご注意ください。

これが、このラジオ番組に送られてくる大抵のお便りの基本形になります。

ではこの質問に対して野村訓市はどう返すのか。

普通の人ではこれに上手く切り返すのは苦労します。先月ニューヨークになんて行ってませんし、昔そんなにニューヨークに馴染んでたりもしません。海外に友達もいませんし、切子も渡しません。どうするのか。

野村訓市の返しです。(注意:イメージです!)

お便りありがとうございます。

久しぶりのニューヨークですか。いいですよね。私も先週ブルックリンから帰ってきたのですが、懐かしかったです。

友達が個展を開くそうですが、なんの個展でしょうか。個展と聞いて、仲良しのジョー・スティーブンスンJrと一緒に写真の展覧会を開いた時のことを思い出しました。といっても、覚えているのは連日朝方までジョーと一緒に飲んでいて、個展の期間中ずっと二日酔いだった事ぐらいなのですが。

さて、旅先で日本を思い出すのはどんなときか、という質問ですが、結構いろいろ思い出します。

キューバに行った時は、ホテルの窓から見えた女性二人が道端で話し込んでいるのをみて、ふと日本の井戸端会議をしている女性たちを思い出したり、ボスニアではただ空を眺めた時に子供の頃に見た青空をふいに思い出したり、さまざまなものをみて日本を思い出してしまいますね。

リクエストのバック・ザ・ロールアウトはすでに一度かけてしまっているので、ハロルド・オスバルディアの娘の別の曲、メアリーをかけたいと思います。この曲もいい曲です。

ざっとこんな感じでしょうか。

まず、先月ニューヨークに行ってきたリスナーに対して、野村氏はなんと「先週もどってきたばかり」という、直球の返しをします。

そんなことがあるのか、と思いたくなりますが、それがあるのが野村訓市です。あるんです。

そして、友達が個展を開くことに対しては、自分が開いた展覧会をぶつけるとともに、誰か知らないけどきっと有名なアーティストと一緒にやったという追加弾まで打ち込みます。誰ですか、ジョー・スティーブンスンJrって。

容赦ありません。

しかし、これではただかっこいいだけ。カッコイイだけでは逆にダサいのです。

ですから、「酒ばっか飲んでて二日酔いの記憶しかない」と、崩してきます。これがかっこいい。下戸にはできない芸当です。

続く質問への返しも完璧です。

どんな時に日本のことを思い出すか尋ねられて、まずみんながあまり訪れてないであろう国を挙げます。

リスナーはヨーロッパによく行っている、と書いています。きっとここでいうヨーロッパは、イタリアだとかイギリスだとかドイツだとかの、メジャーな国でしょう。このラジオのリスナーなら、もっとマイナーな国に行っていたなら、必ずそう書いているはずです。

そこへ野村氏は、キューバとボスニアで返します。

一般的な仕事の出張で、キューバとボスニアに行くことはすくないでしょうから、ヨーロッパ出張ではとても敵いません。

しかもです。ホテルの窓から見た女性の会話の様子とか、ふと見上げた空とか、いい歌の歌詞かと突っ込みたくなるほど素敵な光景。それを見て、日本を思い出すのです。最高です。

ラストのリクエストにも手厳しい。この番組では、一度流した曲は二度と流さないという鉄の掟があります。

つまり、こんなに聞いたことの無いようなアーティストの曲であっても、それはすでに流したよと軽くかわします。

そして、ハロルド・ノンバトリアム(でしたっけ?)の娘の曲で返す!という一分の隙もない返球をするのです。

いかがでしょう。野村訓市に憧れるリスナーが、彼に追いつくために精一杯投げかけた情報と質問に対して、いともあっさりとその上の上をいく回答で野村訓市のスゴさを表すこの感じ。

面白さが伝わりましたでしょうか。

これが面白くなるのは、なにより野村氏が基本的にとにかくかっこいいからです。隙がない。

そしてそれに相対するリスナーも、普通に聞けば結構すごいインターナショナルなかっこいい人たちのはずなのに、やすやすと蹴散らされるこの状況。

最高です。

必ず一度、聞いてみてください。日曜夜8時、J-WAVEで。