マーケティング

「マーケティング」の定義、比べてみました

マーケティングという言葉の定義は、人によって違います。

本当は一つでなければならないのですが、残念ながらいろいろな意味で使われてしまっているのが実情です。

定義が定まらないならマーケティングという言葉を使わなければよいのですが、そうもいきません。ですので、みなさんがどういう意味で定義しているかを簡単にまとめてみました。

お客様に価値を提供して利益を得ることと定義しているケース

グーグルで「マーケティングとは」で検索すると上位に出てくるのがこのページです。

ここでの定義は相当わかりやすいので、とりあえず日本人でマーケティングに携わる仕事をするなら、この意味で捉えておくと間違い無いと思います。(とはいえ、この定義に従えば、マーケティングに携わらない仕事、というのは実際には存在しないわけですが・・・。)

マーケティングとは?10分でわかるマーケティング入門

このサイトでは、

マーケティングとは、「お客様に価値を提供してお金をいただくこと」

・・・と定義しつつも、マーケティングの基本用語として以下の4つをあげながらわかりやすく説明してくれています。

1) ベネフィット
2) 差別化と強み
3) セグメンテーションとターゲティング
4) 4Pもう少し詳しく説明してくれています。

世の中の人がこれと同じ意味合いでマーケティングという単語を使えるようになるとどれだけ良いだろうと頃の底から思います。色々読んで勉強してもよくわからないという人は、ぜひ上のページをご覧ください。かなりすっきり整理されると思います。

Wikipediaを見てみますと、やはりこちらも上記と同様の定義になっています。

マーケティング

マーケティングmarketing)とは、企業などの組織が行うあらゆる活動のうち、「顧客が真に求める商品やサービスを作り、その情報を届け、顧客がその価値を効果的に得られるようにする」ための概念である。

あ、でも顧客ニーズに応えることは書いてありますが、それによって利益を得ること、という定義は含まれていないのですね。

私自身は、顧客ニーズに答えてそれを利益につなげること、という後半までが入っていることが重要だと思っているのですが、「顧客に対して・・・」という考え方が加わっているという点で共通しています。

顧客がすっぽり抜け落ちている定義になっているケース

続いてはこちらです。

今さら聞けない「マーケティングとは何か?」基礎から解説

「ビジネスにおいてマーケティングは重要」という、若干首をかしげてしまうような一文で始まるこちらのサイト。読み進めてみても、やっぱり傾げた首が戻せません。

冒頭では、次のようにマーケティングについて語ってくれます。

マーケティングの定義を、市場調査や商品、サービスのプロモーションのことだとイメージされる人がいますが、それらはマーケティングの機能の一部を指すものに過ぎません。

ここまでは「そうだ!そうだ!いいぞ!」という感じです。そうなのです。すぐにプロモーションと勘違いしている人が山ほどいるのがマーケティングなのです。この誤解を解かなければ話にならないので、とてもいい導入です。

つづけて日本マーケティング協会による次の定義を引用しています。

企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である

これを「難しくて理解しにくいかもしれない」と心配してくれる上記サイト。たしかにわかりやすい定義では無いので、噛み砕いてくれると嬉しいかもしれない。そう期待していると、出てくるのが以下の言葉です。

もっとシンプルでわかりやすく表現すると、「売れる仕組み」「儲かり続ける仕組み」と言えます。

・・・いや、そう説明するから「プロモーション」と勘違いされるのでしょうが!

マーケティングを説明するときに「顧客」とか「お客様」といった言葉を省いてしまうと、「売る」が目立ちすぎてしまって、それが勘違いを生むのです。

「売れる仕組み」がマーケティングなのか?違います。上の例で言えば、「お客様に価値を提供して利益を得ること」です。あるいは、「お客様のニーズに応えることによって、利益を得ること」とも言えるかもしれません。

簡単に説明しようとするのはいいのですが、「顧客」とか「お客様」を省いてマーケティングを説明しようとするのは相当危険です。

ですので、こちらのサイトの「マーケティングとは売れる仕組みである」という考え方は、個人的には全く賛同できません。

ちなみに以下のページでも同様です。

マーケティングとは何か?その意味を知ろう

なんだかんだと色々語った上で、

マーケティングとは、「儲け続ける仕組みを作ること」。

としています。いやー、それでいいのかなーと思ってしまいますね。おそらく、儲け続ける、の「続ける」の部分があることで、顧客に価値提供できていないと儲け続けられないので顧客のことに敢えて触れていない、みたいなことを言われそうですが、それは違うのでは?と感じます・・・。

一部の活動に狭めた定義のケース

続いての例を見てみます。

マーケティングとは何か~前編~

途中までは、日本マーケティング協会の定義を掲載したりして、いい感じに来ているのですが、途中でおかしな方向になってしまいます。

ただ、そういわれてもピンとこない方もおられるはずなので、当塾ではマーケティングとはどういうもので、どう進めていくものなのかについて、

  • 市場調査
  • データの精査
  • 商品企画・販売方法の決定
  • 来店客の反応・満足度調査

という4段階に分け、以下でそれぞれの概要と進め方について解説をいたします。

これは一見すると企業でいうところの「マーケティング業務」に近づいてきているため、それっぽい感じがします。

ですが、実際にはそうではありません。例えば「セールス」。セールスは、こちらの定義では漏れてしまっています。ですがセールスも、れっきとしたマーケティングの一部であるはずです。

が、こちらではそれを省いた形でマーケティングを定義しています。

 

個人的には1番目のを推します

 

 

カロリーメイトを崩さずに袋を開ける小技

カロリーメイトの袋を開けるとき、カロリーメイト本体が袋に当たって必ず崩れるので困っていた。

真四角なまま袋から取り出してホクッとかじりたいのに、たいてい端っこが欠けてしまっていて、残念な気持ちになる。

なんとしても崩さずに完全な状態で食べたい。その強い想いのもと、2週間に渡る研究を経て、とうとう本体を崩すことなく袋を開ける方法を見つけたので、ここに紹介する。

ちなみに、以下のようなサイトはもちろん見た。

カロリーメイトの開け方革命。ついに私はたどり着いた。

何度か試したが、ほとんど成功しなかった。本当に毎回このやりかたでこの人は無事に開けられているのか、疑問だ。

今回私が編み出した小技を使うことで、上記の方法と比べてカロリーメイト崩壊率が10分の1程度に下がる(パペロト調べ)。3日の練習の末、私は現在では崩れてないカロリーメイトをほぼ確実に口に運べるようになった。ぜひ試していただきたい。

方法:開け口の重なっているところの片方だけを切り裂いて開ける

方法はいたって簡単だ。

オープンと印刷されている箇所を下に引き裂いて開けるのは同じ。

ただ一つ違うのは、重なっている二枚をつまむのではなくて、二枚を開きわけて一枚だけをつまんで下に引き裂くことだけだ。

まず、箱から取り出す。

そして袋の端の二枚重なっているところを・・・

矢印のように左右に軽く引っ張って、開き分ける。

そして開いたうちの片方だけをつまんで、ゆっくり引き裂く。

するとこの通り。

オープンと書いてあるところをただ引っ張ると、そろ引っ張った箇所が内側に巻き込まれて、カロリーメイト本体を傷つけてしまう。

それを防ぐために、切り裂く部分を狭くして、本体を傷つけてしまっていた部分を減らすことによって、崩壊リスクを下げるのだ。

ぜひこの小技、試してみていただきたい。

そして、全く崩れていないカロリーメイトをしっかりと味わっていただきたい。崩れていても崩れていなくても、その味が全く変わらないことに、きっと驚くはずだ。

ところでリニューアル前の安倍礼司は、そんなに面白かったのか

リニューアル後の安倍礼司が相変わらず空回り中な状態です。

求めてる安倍礼司はこれじゃない・・・という反応がツイッターではほとんどで、ほぼ諦め状態に入りつつあります。

しかし、私はふと思ったのです。もともとそんなにまで面白い番組だったっけ?と。

なんとなく5年ほど聞いていましたが、そこまで私は安倍礼司のファンだったかな、と。

それで振り返ってみました。一体なぜリニューアル前の安倍礼司は面白かったと思っているかを。

楽しんで聞いていたが、何がそんなに面白かったのか実はよくわからない

楽しんで聞いていたとは思うのです。毎週、安倍礼司を車に乗っているときに聞いたり、ラジコで聞いたり。

聞いた後で、あー楽しかった、と感じてはいたはずなのです。

だけど何がそんなに面白かったのかと改めて考えると、実はよくわかりません。

いまいちだなー、と思っていたところはすぐに思い出せます。

例えばイベント収録のようないつもと違う収録方法の時は、キャラクターを忘れて巣の状態になってしまう飯野が嫌でした。「キャラを忘れるな!飯野であることに徹しろ!」と思ったものです。

あとは、刈谷のつまらないギャグとか。おぼっちゃまくんを思い出させるようなしょうもないギャグ。何を気に入っていたのだか、毎回のように出てくるので、やめてほしいと思っていました。

それからアンジュの「さかえるのじゃー」という決め台詞。あれもあんまり好きではありませんでした。決め台詞を作ろう!と会議が行われて決められたようなセリフで、アンジュの人も「とりあえずこれ言っておけばオーケーですよね」という置き方で、そんなに面白くはありませんでした。

選曲も、時々「違うんだよなー」と思っていました。もう少し時代が下がった頃の曲を主にかけてほしいんだけど、と頻繁に感じていたものです。

なのになぜか聞いていた

このように、嫌いなところはすぐに思い出せます。なのに、なぜか私は聞き続けていました。

なぜなのでしょうか。

脚本がとてもよかった、ということでもありません。楽しく聞いていましたが、何か特別な回を覚えているかというとそうではない。

そういえば、安倍礼司が家を買おうか悩んで、結局買わなかった話、というのは覚えています。それ以外には、誰かとだれかが結婚したとか、だれかの誕生日がどうだったかとか、そういう記念日関連の回もうっすらとは記憶に残っています。

ですが、そのストーリーに魅了されていたかといえば、そうでもないです。

だれか特定のキャラクターが好きだったか、と考えてみると、まあそれなりにみんな好きでした。主人公の安倍礼司は、決して平均的でもないのではないかと思わせる言動でありながら、あくまでもアベレージだと言い張るその様子がよかったです。

登場しなくなった刈谷も、ギャグは寒かったですが、声が良かったですし、なんだかんだ言ってもとても仕事ができる男という設定もあるために、彼がいるといちおうはなしがしまるようなところもあって、よかったですね。

姫川皐月もよかったです。妄想劇場は、8割つまらないので不要かなーと個人的には思っていましたが、声が素敵なので好きでした。

アンジュは、さかえるのじゃーは不要であるものの、まあどっちでもいいかな。飯野あたりもまあべつにどっちでもいいです。部長とか、ゆうちゃんとか、えいたとか、まあこのあたりもどうでもいいです。

要するに、だれかが好きだから聞いていた、というわけでもないようです。

選曲が常に良かったわけでもないことはもう書きました。なので曲が良かったというのも1番の理由にはならない。

ストーリーでもない。登場人物でもない。曲でもない。じゃあなんなの?と考えると、全く説明になっていないのですが、空気感が良かった、という話になってしまいそうです。

空気感ってなんだ

空気感って説明になっていないような、ちょっとだけなっているような、微妙な説明です。

ネットの辞書によると、空気感とはその現場、その人物の持つ雰囲気、ということなのだそうです。

ま、そういうことになりますよね。

安倍礼司の空気感ってなんだったんでしょうか。

Twitterなどをみていてると、水戸黄門のような「何も起こらない、いつもと同じストーリーが良かった」というようなことが言われているようです。

たしかにそんな気もします。。毎週特に何か特別な出来事が起きるわけでもなく、ただ日常が、中途半端なリアリティーで流れていく感じ。これが安倍礼司の空気感でした。

案外「中途半端なリアリティー」のところが大事だったのかもしれません。

キャラクターと、その演者とが完全に一体化しているわけでもなく、かといって別人格でもないような。

つまり、演者はキャラクターを演じることが彼らにとっては仕事なわけですが、一般的なサラリーマンにとってはその中で演じられていることがその日常的な仕事なわけで、そこに何か重ね合わせたり、感じ取ったりして日々の仕事を客観的に見て楽しんでいるような感じ。・・・これが私自身にはしっくりくる説明です。が、他人にわかってもらえる説明になっていないことは自覚しています・・・。

何が面白かったのかわからないので、リニューアルに対する要望も出しようがない

なぜ私自身が安倍礼司を面白いと思って聞いていたのか、あまりいい説明ができません。

なんとなく、登場人物がやりとりしているのを聞いているのが面白くて、そこに演者とキャラクターとが微妙に混じったり離れたりする様子がスパイスになっていた。こんな感じなので、リニューアルに不満はありますが、かといってどうしてほしいという要望もありません。

強いていうなら、元に戻してもらえたら、もしかしたらまた聞き始めるかもしれない、程度です。ですが、一旦これだけ変わってしまったら、もう戻れないかもしれません。

何が人気なのかわからないコンテンツというのは、継続していくのが難しいですね。狙って作り上げられるものではありませんし。

そう考えると、リニューアルが失敗してしまっていることも納得がいきます。何が人気なのかわからないので、どこをいじっても大丈夫なのかがわからない。で、結局不評・・・という感じで。

リニューアルした安倍礼司が面白くない!その理由を考える

2018年5月にリニューアルした安倍礼司が面白くありません。

私はそれほど長年のファンというわけではありませんが、そんな私にとっても、新しくなった安倍礼司は実につまらなく感じます。

なぜ新しい安倍礼司は、こんなにもつまらないのか。その理由を考えてみます。

結論:既存リスナーを楽しませるつもりが、制作陣に全くないから

まず結論から始めます。

新しい安倍礼司が、少なくとも既存リスナーにとって楽しい番組ではなくなってしまったのは、制作陣に既存リスナーを楽しませようというつもりがまるっきりないからです。

昔から聞いてくれている人にちゃんと楽しんでもらおう、というリニューアルであればもっとポジティブな評価を得られたでしょうが、すでにファンになってくれたリスナーのことも楽しませよう、既存リスナーの視点に立ってコンテンツを考えてみよう、という番組づくりでは全くありません。

既存リスナーに楽しんでもらうためのコンテンツではないのですから、聞いていて楽しくないのは当然です。

では具体的にどのあたりが既存リスナー視点ではないのか、確認してみましょう。

1 既存リスナーが好きだった名物コーナーや名物キャラクターが出なくなった

安倍礼司には名物コーナーや名物キャラクターがたくさんいます。

まず一番目立つのは、刈谷勇です。

安倍礼司ファンの中にも、刈谷というキャラクターが好きな人もいれば嫌いな人もいると思いますが、印象に残るキャラクターであるという点については異論はないでしょう。

アクが強く、でも要所要所で大切な役割を果たすキャラクターであり、主人公安倍礼司についで重要なキャラクターの一人でした。

今回のリニューアルに伴って、というか、リニューアルと刈谷の退場のどちらが主でどちらが従かはわかりませんが、いずれにせよリニューアルのタイミングで刈谷はいなくなりました。

名物キャラクターである刈谷が出ないのは、既存リスナーが喜ぶことがないのはわかりきったはなしで、このあたりからもきぞんりすなーじゅうしのリニューアルではないことはわかります。

また、姫川皐月の登場機会がずっとなかったのも気になります。

このキャラクターが妄想を繰り広げるという妄想劇場なるコーナーも、名物コーナーの一つでした。

刈谷というキャラクター同様、好き嫌いはあるでしょうが、安倍礼司という番組を盛り上げる名物コーナーの一つだったことはまちがいありません。

それが少なくとも5月の間は一度もなし。

既存リスナーに馴染みのあるコーナーやキャラクターを残して楽しめるようにしてあげる、ということは制作陣のなかでは優先されていないようです。

2 馴染みの既存キャラも変わった

馴染みのキャラクターがやたら変わっていることも重要ポイントです。

たとえば安倍礼司の息子である安倍えいた。彼は小学生の子供という設定ですが、声は子役が演じていました。

それが大人の声優に変わっています。

また、変わったのは声だけでなくて、その口調も変わってしまいました。えいたは「でござる」という語尾で喋るという設定になっていて、聞いているこっちもどうしてこのつまらない語尾にこだわるのかと思っている面はありながらも、それを受け入れておりました。

なんかこだわりがあったはずのこの「ござる」という語尾は、しかしリニューアルを機にあっさり使われなくなり、えいたは普通に喋れる男の子にすっかり変わってしまったのです。

頑張ってあの語尾を受け入れたのに、急に戻ってしまったので、私はついていけていません。

また、その妹については、リニューアル前は一度も声として登場したことはありませんでしたが、リニューアル後は声がつくようになりました。まあ、でもそれは問題ないでしょう。今まで喋らなかったことの方が不自然でしたので。

ちがう問題点は、安倍礼司の妻の安倍優です。

子供のことが大好きな元気一杯の母親、という設定だったはずが、こどももおいていえをでていってしまい、そのまま何週間も戻ってこない、という無茶苦茶な人になってしまいました。

彼女も安倍礼司に何年もで続けている重要な役柄。既存リスナーにとってはとても馴染み深いキャラクターです。

それが急に性格が変わってしまって、考え方も行動もおかしくなってしまったとあっては、既存リスナーがついていけなくなるのは当然です。

これまでのファンが馴染み気に入っていたキャラクターが、容赦無く変更させられているのが今回のリニューアルということになれば、そういう古くからのファンやリスナーが楽しめなくなってしまうのはとても自然なことです。

3 馴染みの構成がなくなる

最後は馴染みの構成ではなくなってしまったことです。

たとえば、40台前後の人が懐かしく聞けるような90年代から00年代ぐらいの曲を流すのが安倍礼司の特徴的な構成の一つでしたが、それはバッサリなくなりました。

いきなりグリムスパンキーとかかけられても、いい曲だけどそれは求めてないなあ、と既存ファンは感じます。

また、これまでの1時間をたっぷり使った一話完結タイプの構成ではなくなってしまったのも、ポイントです。三話からなるオムニバス形式みたいになり、しかもそのうち一話は知らない人たちの会話です。ちょっとついていけません。

おまけにその三部構成は、その週で必ずケリがつくわけではなくて、少なくとも第3部は継続的に話が続いているような状態。しかも明るい話ではなく微妙に暗い話。

既存ファンが喜ぶ要素が見当たりません。

制作陣は今後どうするのか

このように具体的にみて行くと、結論としては既存リスナーは全く大切にされていないなあ、と思うわけです。

そうなると、問題はこの先どうなるか、でしょう。

色々な予想がされています。

一度リニューアルと打ち出したのだから、きっとこのまま突き進むだろう。あるいは、刈谷がいなくなったりしたのには、なんらかの裏側での問題があったのだろうから、そう簡単には戻すことはできないだろう。そんな「このまま進むだろう」という説。

あるいは、これだけ批判的な評価があるのだから、いずれは戻さざるを得ないだろう、という説。

どうなるのでしょうか。

制作陣は、既存リスナーのことを一度忘れて、新しい構成にチャレンジしたわけなので、そう簡単にやっぱり元に戻します、という選択はできないだろうと思います。

それなりに成功するだろうという読みがあってのリニューアルでしょうし。たった一ヶ月でも度に戻したりすれば、色々な人からもお叱りを受けるはず。

となると、なかなかこれまでのみんなが好きだった安倍礼司に戻るとは思えません。

とはいえ、色々な声がすでに制作側には届いているはずですし、いったいどのような動きがこれからあるのか、要注目です。

安部礼司のリニューアルが不評 その理由を考える

東京FMの人気番組「あ、安部礼司」のリニューアルが不評です。

私はリアルの知り合いには安部礼司のファンはいないため、ネットの評判を読む限りではと言う感じですが、リスナーの一人としてリニューアル後の放送を聞いてみても、「これはちょっとないなあ」と感じます。既存ファンには概ね不評、という評価で間違いないだろうと思います。

良くいえば、よくこれだけの大きな変革に踏み切れたものだと感心します。

安部礼司はなかなかに人気のあったコンテンツです。固定ファンが多くついていました。それを振り切って、ここに安住していてはダメだ、と言う心意気で、きっと制作者たちは変革を起こしたのでしょう。

変化させること自体は、すごいです。明らかに不調というわけでもないなかでの変革は、なかなかできるものではありません。

しかし変革はもろ刃の剣。今回の大幅な変革は、現時点での評価を見る限りでは、残念ながら多くの既存ファンの心をつかむことには失敗したように見えます。

そもそもリニューアルの狙いは何か

5月というタイミングでのリニューアル。不思議な感じはしますよね。

リニューアルのそもそもの狙いは何だったのでしょうか。

少なくとも、「既存ファンにますますこの番組を好きになってもらうこと」ではないはずです。これまでの路線を強化するためのリニューアルには見えません。

おそらく狙いは、「新しいファンを取りに行く」こと。それが、リニューアルで目指したことだと思います。

「新しいファンの獲得」は、番組を継続していく上で当然の課題です。古いファンも長年番組が続けば少しずつ離脱していって、いずれはいなくなります。新しいお客さんの獲得は重要課題です。

問題は、「既存ファンを切り捨てる覚悟まであったのか」という点です。

私の考えでは、制作チームの中には「古いファンを全て失ってでも新しい命を吹き込むのだ!」という強い心意気で今回のリニューアルを進めた人が、制作チームの中にいたはずだと思っています。だからこその大鉈です。

その一方で、その思いが全員の総意だったかといえば、そうではなかったのではないかと思っています。

今のタイミングでリニューアルって必要?とか、既存ファンを切り捨てるのはさすがに勿体無いのでは?と思っていた人が、チームに少なからずいたのではないかと。

でなければ、無理に安部礼司という形をとる必要はありません。

制作陣の一部は大幅に変更したい。でも一部は安部礼司の資産を大事にしたい。その結果「これまでの安部礼司で培ったファンをベースにしながらも、新しいファンも獲得していく」という路線に落ち着いたのではないかと思います。

そして、中途半端なリニューアルであるがゆえに失敗した、というのが現状でしょう。

ツイッターを見る限りでは、「これは安部礼司ではない」「これならリニューアルせずに終わらせてしまったほうが良い買ったのではないか」といった声が聞かれます。相当反発を受けている状態です。

なぜこの度のリニューアルは、このような評価を得ることになってしまったのでしょうか。

既存ファンが不満を抱いたのには3つ理由がありそうだと思っています。

聞きたい内容ではなくなってしまった

まずはこれです。聞きたい内容とは違うものになってしまったと言うことです。

リニューアルに伴う大きな変更点は次のポイントです。

  1. 重要キャラクターがいなくなった
  2. 既存キャラクターの位置付けが変わった
  3. 既存キャラクターが登場しないパートができた

どれも大きな変更点です。

ファンにとってはなかなか受け入れがたいものだと感じます。

その一方で、個人的には少なくとも1の「キャラクター退場」だけは、なるほどそういう手はあるなと感じさせられました。

今回のリニューアルが、新規リスナーの獲得を目的としたものだったとすれば、敷居を低くすることが必要です。「この番組、今から聞いても面白そうだなあ」と感じなければ新規リスナーは逃げていくからです。

しかし、安部礼司はラジオドラマです。それも10年以上も続いている番組です。その特性上、固定キャラクターが登場し続けることは避けられません。

事実、安部礼司では、一見さんお断りとまでは言いませんが、背景を知らないと楽しめない要素がかなり多くありました。

一話完結ではありながらも、いわゆる内輪ネタのようなものがかなり増えていたために、初めて聞いた人にとっては「なにこれつまんない」な内容が多かったはずです。

その最たる例が、リニューアルで追い出されてしまった刈谷というキャラクターだったと思います。

私は5年ほど前から安部礼司を聴き始めましたが、はじめからこの番組を受け入れられたかというと全くそんなことはなくて、むしろなんだこのつまらない番組はと怒りを感じたこともありました。その理由がまさに内輪ネタが多かったからです。しかもその内輪ネタが結構つまらない。

具体的には刈谷というキャラクターが問題でした。

過剰な演技と軽いギャグとで、きっとファンには人気なのだろうけれども、そうでない人にはちょっときつめ。そんな立ち位置だったのが、刈谷です。

このキャラクターがいることで、ストーリー的には助かる面もあれば、反対に何がテーマだかわからなくなるケースが多くありました。

キャラクターに思い入れがない新規リスナーにとってみれば、テーマがわかりにくいことは致命的です。好きでもないキャラクターがよくわからないギャグを言っているのでは、聴き続けることは難しいです。

そこで、刈谷の退場案が出てきます。彼がいなくなれば、新規リスナーにとっては参入ハードルが低くなります。理にかなっています。

だから、新規リスナー獲得のためという点から考えれば、刈谷退場は意味のある変更だったと思います。

2点目のキャラクターがちょっと変わってしまったというのも、大きな変更です。

今までだったらこの人はこんなことは言わない設定だったはずなのになあ、という場面が見られます。

ただ、彼らは刈谷と違って退場したわけではないので、少しずつ元に戻していけばよいのですから心配不要かもしれません。

3点目の既存キャラクターが出てこないパートができた、については、今後これをキープするかどうかによって結構印象が変わるかもしれません。

安部礼司は、知っているキャラクターたちが繰り広げる様子を楽しむドラマでしたから、突然知らない人が出てきても、既存ファンには厳しいです。

新規リスナーにとってみてはどうでしょうか。感覚的には微妙かなあと思います。

一つ一つの話を聞いてみると、そんなに面白くないわけではない。しかし、あくまであるあるネタの延長にあるレベルのものなので、感動するほど面白いわけでもないというのがこれまで聞いてみたところでの個人的な感想です。

このレベルの内容だと、新規リスナーにも大して受けないのではないかなあと感じます。

特に、この番組の放送時間帯が問題です。

日曜の黄昏時。番組の冒頭で必ず聞かれたセリフです。そう、安部礼司は日曜日の夕方の、やるせない憂鬱の中にありながら、また明日からのエネルギーをなんとか自分の中から絞り出すための時間帯に聞かれる番組な訳です。

この時間帯に聞きたい物語や、触れ合いたいキャラクターはどんな人だろうか。そう考えると、今回のリニューアルの内容や人物設定は、ファンの機体とのズレが大きいのではないかと思われます。

結果として、既存ファンが求めてきた安部礼司とはかなり違ってしまった。しかもそれがいかにも新しいリスナーに受けそうな内容ならともかく、微妙な位置付けの内容にしかなっていない。ということから、多くの人の心がついていけていないのが現状なのではないかと考えています。

リニューアルの意図がわからない

リニューアルが不評である別の理由としては、「リニューアルの意図がわからない」ということもあるように思います。

たとえば、2018年に番組が終了した「めちゃイケ」や「みなさんのおかげでした」などは、内容に行き詰まり感が見えていて、しかも視聴率も伸びないという状況でした。だから、視聴者側にもこれら二つの番組が終了するの理由はある程度簡単に飲み込めました。また、これら二つの番組はバラエティー番組で、どちらも新しいことにチャレンジして切り開いてきた番組です。だから、マンネリはその性質とマッチしていないのです。だからコンテンツの行き詰まり感は致命的です。

翻って安部礼司。こちらはどうでしょうか。

聴取率データは見つけられませんでしたが、東京エフエムの放送番組審議会の議事録なるpdfが出てきました。

https://www.tfm.co.jp/company/pdf/news_4b53a05970ebd14549bc3b1cd4847bdb591530a87821e.pdf

このなかに、以下のような一文があります。

「サンデー・ソングブック」「安部礼司」に匹敵するような名物番組を配置して

また、他の箇所を見るとこのような文面も見られます。

番組発の企画や番組から発信していくことが大切だと考える。それは「SCHOOL OF LOCK!」とか「安部礼司」とか、とても評価されていると思う。

これは2017年の資料です。最新ではありませんが、ここからそれほど大きくは状況は変わっていないと想定すると、番組そのものの不調がリニューアルの必要性の理由にはならないのではないかと思います。

また、毎年各地でイベントを催すのが安部礼司の特徴の一つですが、どのイベントも来場者という意味ではそれほど問題があったという話はありません

つまり、現状での人気という意味ではそれほど問題がなかったと考えられます。

もちろん、番組を今後も継続していくためにはリスナーの入れ替えは必要です。入れ替えという言い方がおかしければ、離れていった既存リスナーの分だけ新しいリスナーを獲得する必要がある、という言い方でも結構です。

現状維持のためには、新しいリスナーが必要ですから、今の状況だけを見ていてもダメです。将来的にも継続して番組運営できるかがキーであることはわかります。

・・・とはいえ。そのためのリニューアルを今、この形で、本当にやらなきゃダメだったの?

これが既存リスナーの声なのでしょう。

番組もツイッターアカウントを持っていますし、プロデュースをしている堀内氏や、新しく作家として加わったマンボウやしろ氏なども、情報発信チャネルをきちんともっていますが、どちらもわかりやすい背景説明はしていません。

そうすると、既存リスナーはよくわからないタイミングと理由でのリニューアルを経た不思議な状態の番組をただ我慢して聞いているしかありません。フラストレーションがたまります。

結果として、このリニューアルダメだなー、という反応が生まれてしまっているのだと思います。

既存リスナーは切り捨てられたと感じてしまった

リニューアルが不評である別の理由としては、もっと直球なものもあるとおもいます。

つまり「既存リスナーは、自分たちが晩ん組から切り捨てられてしまった。大事な存在ではないと言われてしまった」と感じていることです。

私の想像では、番組制作陣のうち既存リスナーの切り捨てに強い覚悟を持っていた人は一部しかいなくて、残りはそこまでの覚悟を持たずに今回のリニューアルに望んだのではないかと踏んでいます。

狙いはあくまで「新規リスナーの獲得」であり、「リスナーの入れ替え」までは想定していなかったのではないか、ということです。

しかしリスナーにとってはそうではなかった、というのが今起こっていることです。つまり、既存リスナーは「あなたたちはもうリスナーとしては不要です。卒業してください」と切り離されてしまった感覚を持っている、ということです。

それは当然です。

リニューアルのはっきりしたわかりやすい理由はわからない。そのうえ、自分たちが好きだったキャラクターを「海外赴任」という形で退場させたうえ、残ったキャラクターも微妙に知っているひとたちとはちがう性格になっている。

あ、つまりもう聞くなってことね。・・・とリスナーは思ってしまいます。

もちろん、それでも安部礼司を信じてついていく!という熱のあるファンもいらっしゃいます。ですが、問題なのはファンの中にはいろんな層のファンがいて、ライトファンはそこまでの義理は感じていない可能性が極めて高いということです。

事実、ツイッターを見る限りでは、もう聞くのをやめてしまったという人たちが現れています。

反対に「今日聴き始めたけど面白い!」というツイートはまだ見かけません。はじめてきいたひとがいきなりその番組についてツイートするというケースはまれでしょうが、まだそこまで関心を持つ新規リスナーの取り込みには、残念ながら成功していない、ということでしょう。

一体今後どうなるのか、注目です

番組を作るにあたり、リスナーの反応に耳を傾けることは重要でしょうから、既存リスナーの反応はすでに製作陣に十分届いていると思います。

それをうけて、彼らがこれからどのように舵を切るのか、あるいは切らないのか、それとも番組そのものが切られるのか。何が起こるのか、要注目です。

Bsize bot、サーバー混雑で不具合。「安心」を売るサービスでこれは困る

Bsize botを使っている。2ヶ月ほど問題なく使えてきたが、ここにきて不具合が発生した。

私の使っている端末では、2018年5月7日と8日に続けてサーバー混雑のために通知がこない事象が発生。7日は朝に子供がbotを持って出かけたが、自宅を出たという通知がこず、そのまま午後になって、ようやくその頃になって家を出たという通知がきた。

その後、アプリ上でもサーバーが混み合っていますという表示が出るようになった。おそらく「サーバーが混み合っているから表示が正しくできません」というエクスキューズなのだろうと思うが、いまいち安心感は感じなかった。

夕方頃からは、サーバーの問題も解決されました的なメッセージが表示され、それからは問題なく使えた。

ところが翌8日になると、またも通知がこない。それから2時間ぐらい経った頃だったか、ようやく目的地に着いたという通知が来て、遅れて家を出たという通知も届いた。つまり順序が逆になりつつ大幅な遅れ通知、ということになる。

 

Bsize botのサービスについては、心の底から応援している。

キッズケータイぐらいしかGPSで子供の居場所を知らせるサービスがない中で、不必要な機能を省いた端末を売りつつも、月額500円程度で見守れるサービスは他にはない。

私のニーズにはぴったりだし、小さな子供を持つ親にとってはかなり魅力的でありなおかつ実用的な素晴らしいサービスだと思っている。

これからも継続してもらいたいし、そのためにも継続的に使用するつもりだ。その応援の意味も込めて、微力なれどもこんなブログを書いて応援している。

だからこそ思う。

「安心」を売っているサービスで、このような不具合は起こして欲しくない。

 

不具合が起きているときに、何度かBsizeのサイトを訪れてみた。公式なアナウンスがあるかもしれないと思ったからだ。

しかしトップページには何のニュース項目もない。不具合発生中、といったメッセージはどこにも見当たらない。

Bsizeは個別のメール問い合わせにはかなり早く対応するような体制を整えているようだ。問い合わせには素早い対応をしてくれる。実は今回も最初に問題が発生したときに問い合わせをしてみた。即返信があり、サーバー混雑の問題であり対応中であるが早々に解決できそうである旨を伝えられた。この対応は素晴らしかったと思う。

だが、いちいち問い合わせなければ情報が得られないのでは、安心はできない。せめてサイトを見に行ったら情報が発信されているとか、あるいはアプリ上でどのような問題が起きていて、それがいつ頃解消されるのか、また今後中長期的にはどのような対応を行う予定なのか、といった利用者を安心させる情報をぜひ出して欲しいところだ。

 

利用者は、Bsize botという小さな端末が欲しくて購入したわけではない。子供を安心して家から送り出せる、という体験が欲しくてサービスを利用している。

その肝である「安心」が損なわれ、そのことに対する十分なケアがなければ、利用者はきっと離れてしまうことになる。

 

私は継続的にこのサービスを使うつもりだ。同じようなニーズがある人には、このサービスを紹介することも続けたいと思う。

それは、Bsize botが素晴らしいサービスであり、続けて提供され続けることが社会に良い影響を与えると考えているから。

だからこそ、Bsizeにも頑張って欲しいと思っている。少人数で運営しているサービスなのだろうとわかってはいる。その中で、とても迅速な対応をしてくれてもいる。

だが、何か問題が発生した後で、その問題のありかとその問題に今後どのように対応する予定なのかについて、きちんと情報発信をしてくれなければ、利用者は安心できない。この点について、なんとか改善して行ってもらいたい。

 

 

キッズケータイは格安SIMでは使えない⁈ からの救世主登場の話

息子がそろそろ小学生になる。幼稚園と違って、一人で登校することになる。親としては信じられない気分だ。

さて、あの小さかった息子が一人でちゃんと学校に行けるのか。ちゃんと帰ってくるのか。どこかに行ってしまったり、誰かについて行ってしまったりしないか。不安は尽きない。

そこでキッズケータイを持たせようかと考えた。

キッズケータイについて調べてみて初めて知ったこと

キッズケータイというのがあることは知っていたが、それがなんだかは全く知らない。なんか子供向けのケータイなんだろなー、ぐらい。これではダメなので、まずは調べなければならない。

キッズケータイは、どうもスマホではないらしい。いわゆるガラケーっぽいやつだ。しかもかなり小さい。

もう10年以上も前に人気だった携帯電話の機種にpre-miniというのがあった。あんな感じの大きさで、だけどテンキーは付いていない。

たとえばドコモのだと、ちいさなえきしょうがめんがついていて、その下に円形のボタンが付いている。上下左右に1から4の番号が振られている。たぶん番号ごとに電話番号を登録できるのだろう。

だから本当にケータイで、スマホっぽさはない。文字入力もできない。できるのはほぼ電話の受発信だけっぽい。

なるほどこれなら親が安心して子供に持たせられそうだ。

月額費用もかなり安く抑えられている。もちろんこの価格設定は、子供が小学生から中学生になって高校生や大学生になる頃まで使い続けてもらって、将来的にしっかり儲けてやろうという考え方からの設定だろうから、長期的に考える必要はあるが、目の前でかかる費用が安く済むのはよいことだ。

それならキッズケータイで決まりだろう。安心して持たせられるし、機能もいい感じに制限されているし、価格も悪くない。

小学生の息子が生意気にもケータイかー。

なんて思っていた。

キッズケータイは3大キャリアにしかない

ところが、である。キッズケータイは3大キャリアにしか用意されていないのだ。いわゆる格安SIMでは、キッズケータイは使えない。売られていないのだ。

私は昨年IIJmioに切り替えたばかりだ。バッチリ格安SIMである。

サイトをくまなく見て見たが、キッズケータイについては書かれていない。つまりIIJではキッズケータイは使えない。なんだってー。

もう心はキッズケータイで決まっていた。そこでこの事実発覚なので、ちょっと困ってしまった。

他の候補を調べて見ると、格安SIMでも子供が使うことを視野に入れた格安スマホを用意しているところはあるらしい。

しかしなあ。小学一年生が格安とはいえスマホを持つべきなのか?デジタルネイティブな世代とは言っても、親の抵抗感がすごいぞ?と悩ましい。

悩んで、やっぱスマホはないでしょう、という結論に夫婦で至った。こういう親の自分の経験に基づいた判断が子供の将来や可能性を奪うのかもしれないが、不安なものは仕方がない。危険もあるからやむを得ない判断だ。

さーて、困った。と思っていた。

Bsize Botという救世主

そこに救世主が現れたのだ。その名をBsize Botという。

Bsize Botのいいところと気になるところ(追記:通知がこない&解消方法)

キッズケータイでも、スマホでもない。ただの四角い小さな箱だが、これが私のニーズをバッチリ救ってくれた。

キャリアケータイじゃなくてもいい。スマホのような必要のない高機能ではない。初期費用も運用費用もお手頃。

でありながら、子供がどこにいるかはバッチリわかる。

現代のお守り、な感じ。すばらしい。

見つけて早々に我が家では購入した。習い事に行く様子がわかったり、家に帰ってきたことがわかったり、とても便利に使えている。

キッズケータイを使いたいけど、格安SIMだからだめ・・・と悩んでいる方。Bsize Botをおすすめします。

キッズケータイが使えないなら、Bsize Botを使えばいいじゃない?

Bsize Botを買った

この4月に息子が小学生になった。幼稚園児の間はバス通園だったが、小学校は徒歩で通学することになる。

集団登校ではなく、一人ずつ勝手に行くらしい。自分が子供の頃も一人で勝手に歩いて学校に行っていた。そのはずなのに、さて実際に子供を一人で歩いていかせるとなると「まじか、あぶなすぎるだろう!?」と思ってしまう。不思議というかなんというか、甘い。

でも、学校について行くわけにもいかない。一人で行かせるしか選択肢はない。そうは言っても、心配だ。

じゃあ、なにかツールを持たせようということになって、探してみた。しかし、どうもちょうどいいものがない。

そもそもはキッズケータイを検討していた。ところがうちでは使えないことがわかった。なぜなら、格安SIMだから。

どうしようとネット上をうろうろしていたところ、Bsize Botを見つけた。

Bsize Botサイトを見て、アプリをダウンロード、アプリから端末購入を決断するまで、結構即断だった。

即断できたのは、昨年ガイアの夜明けでこの端末とサービスのことを見ていたから。やっぱりテレビの影響力は強いなあ。

あとで調べてみたら、一人家電メーカーとかいってひとりでたちあげた会社が作っているらしい。そういえばガイアでもそんなことを言っていたような気もする。

番組の中では、おしゃれな感じのデスクライトがまず紹介されて、そのあとでBsize Botが紹介されていた。子供が連れ去られたり、どこかに行ってしまわないか見張りたいがいいサービスがないと悩んでいる親が、このサービスを使ってみて、なんかいい感じ!と感動して終わる、みたいな構成だった。

その時はこんなサービスもあるのだねー、ふーん、程度にしか思っていなかったが、いざ導入を検討するととてもいいサービスだなーと改めて感じた。だから即断できた。

小学校一年生にはスマホを持たせる気にならない

なぜこのサービスがいいかというと、使用する端末がスマホではないからだ。

Bsizeに決める前に、キッズケータイやなんかも考えた。だけど、キッズケータイは3大キャリアからしか出ておらず、去年IIJMIOに乗り換えてしまった私にはキッズケータイは選べない。

すると次の候補としては、格安SIMでも選べるスマホが出てくる。しかし、小1にスマホ持たせるかー?という気持ちが拭えない。

スマホなんかを渡したら、一日中スマホから離れられなくなるのは目に見えている。もしかしたらそれも案外いいのかもしれないが、残念ながらこちらはデジタルネイティブではない。自分はスマホいじりまくってるくせに、子供にはよくないという思い込みがある。

じゃあどうすんの?と悩んでいたところにBsizeは飛び込んできた。

これはスマホじゃない。画面もないしスイッチもない。持って運ぶだけだ。だから子供にも変な影響はきっとない。

スマホじゃないから、学校に持っていっても問題ない。今時携帯端末の一つくらい学校も許可してやってもやってもいいんじゃないの?という気もするが、やっぱりダメなもんはダメらしい。時代が変わっても新しい技術には学校は厳しい。というか親もスマホ持つなとか言ってしまうわけで、学校がというよりは大人は厳しい(懐が狭い)というべきか。

さてそうなるとそもそも選べる端末がないじゃないか!しかしそこに単なる四角いBsizeの登場だ。完璧。

子供には「お守り」といって渡している

ちなみにうちのこどもは機械の類が大好物だ。風呂の給湯器だけでも相当の時間を潰せるほど好きだし、スマホなんか渡したらもう集中しすぎて何も聞こえなくなるほどだ。

そんな子供にも、このサービスはぴったりだ。どうしたかというと、「とてもすごい機能を持ったお守りだ」といって渡したのだ。

うちの子は、機能の説明をしてもらうと、大変嬉しがる。新しいことが好きだから、すごーいととても喜ぶ。だから、自分が持っているこの真っ白い端末は、それが電波を発していて自分の居場所を伝えることによって、お父さんやお母さんが自分の場所を知ってくれて結果として自分を守ってくれる、というその魔法のような機能を知って嬉しいのだ。

だから、ただの白い小さな箱で、しかも「お守り」というわけのわからない言葉で持って渡されても、おとなしくそれを自分のカバンに入れて持ち運んでくれている。

これがもしへんに液晶画面が付いていたりとか、もしくは電池の残量を示すゲージとかがあったりすると、ちょっと厄介なことになる。

ちょくちょく端末を手にとって見てしまうだろうし、気になって他のことが手につかなくなるだろう。

しかし問題ない。何しろただの白い小さな箱だ。光ったりしないし、動いたりしない。音も出ない。すばらしい。

ちょっとだけ不安なこと

ただし、ちょっとだけ不安なこともある。それはこのサービスではなくても、類似のサービスでも同じように気になるはずのことなので、Bsize Botの問題ではないかもしれないが。

気になるのは、情報のセキュリティ。私はデータセキュリティーに詳しくないから、本当にこの端末から発信されるgpsデータが、見守り登録した人にしか見られないという保証があるのか、と思ってしまうのだ。

アプリを見る限り、見守り申請というのを出してそれをオーナーが許可しない限りはデータは見られないはずだから、まあ大丈夫なのだろうとは思う。

でもその辺のデータがどんな風に管理されているかは、ユーザーは見ることができない。データ管理者がそのデータを見ることはない、とは思っている。でも誰かは見られるはず。だとすると、それはどの程度完璧に安全なの?という不安は残る。

あとは、子供に由来する不安だ。子供がこの端末をどこかにおいてきたり、あるいはこれを持っていることを悪意のある人に知られたりすると、悪用される可能性がある。

音は出ないし、マイク機能もない。ただ位置情報を発信しているだけ。もちろんこのシンプルさこそがBsize Botの魅力なので、ここにへんな機能を足してくれというつもりは毛頭ないが、それでもただこの端末を捨てさせたりすれば子供が怖い目に会わさせれ雨可能性があるという意味では多少不安が残る。(不安が残るというだけで、このサービスを否定するつもりはくりかえすがまったくない。月額500円程度で大きな安心が買えるので本当に素晴らしいと思っている)

まだ我が家では導入して時間が立っていないので、また発見があれば追記したいと思う。

追記(2018.3.25):通知がこない!サポートに問い合わせると即対応方法を教えてくれた

早速問題が発生した。私のスマホにだけ、通知がこないのだ。奥さんのスマホには来ている。私の方には来ていない。これは困る。

困った時はアプリのお問い合わせページをチェック。通知を受け取るためには以下の設定が必要。

  • アプリ上で地点登録する
  • アプリ上で通知をオンにする
  • スマホ上で通知をオンにする

自分のスマホを再確認したが、きちんとすべて設定している。でも、通知がこない。

こういう時は運営会社に問い合わせをするのが一番だが、小さい会社だというので反応が遅いのではないか、と思いながらもメールで問い合わせ。すると意外にも翌朝には返信があった。こういう素早い対応は印象が良い。

それによると、iPhoneを使っている場合は時々そういうことがあるらしい。一度ログオフして、アプリをアンインストールして再度インストールせよとのこと。

早速トライ。再インストールして、試してみると・・・お!ばっちり届く!これで子供の居場所がわかります。機能やサービスもいいし、問い合わせへの対応も的確で素早かったので、これでまたオススメポイントが増えた感じ。

マーケティングの定義と、私がこの言葉を使わない理由

マーケティングという言葉は、ほんとうに厄介な言葉だ。言葉の定義をはっきりさせないままたくさんの人に使われてしまっている。

会議で「それはマーケティングの仕事でしょう」とか誰かが言った時、結構な割合でその時のマーケティングは「広告コミュニケーション」だったり、「プロモーション」だったりする。もう少し広い意味で使われていたとしても、「マーケティングコミュニケーション」の範疇からは出ないレベルの内容までだ。その上位の概念として使われることは、残念ながら私の働く環境ではかなり少ない。

マーケティングの定義

じゃあ、マーケティングってなんなのよ、と問われれば私はこう考えている。

「顧客のニーズに応えるサービス・製品を提供し、顧客を満足させるとともに利益を得ること」

もっとスマートな言い方はあるかもしれないが、「顧客ニーズ」とか「製品」「サービス」だとかが出てきて、そっから「利益を得る」という話に落ち着くだろう。

これは主にコトラーの言っていることとざっくり同じになっている(はず)。定番の定義づけだと思う。

ときどきドラッカーの定義もセットで出てくることがあるが、あれは実用性が低い定義なのでイマイチだと思っている。「セールスを最終的にはなくすこと」的なアレだ。この定義はオシャレすぎる。じゃあ具体的にどうすんの?みたいなところに落ちていかない。定義として不完全。やっぱりドラッカー的な定義の方が扱いやすい。

最近見た中では、ネスレの人が言っている定義づけがわかりやすくてよかった。

「顧客の問題を発見して解決することで、新しい価値を生み出すこと」

なるほど、利益を生むとか言わないんだな。でも新しい価値を生み出すことが利益を生み出すわけで、言っていることは一緒だ。この定義が良いのは「顧客の問題」とはっきり言っていることと、さらにそれを「解決する」と明言していることだ。そしてその二つを組み合わせて使っていることも大事だ。

単に顧客の問題を発見するだけだと、それはマーケティングの一部でしかない。反対に、解決するだけでも不足している。発見して解決するところまでを合わせて行うことがマーケティングだ。その点でとても正しいし、わかりやすい定義だなと思った。

日常で使われるマーケティング

でも実際には、日常ではコトラー的な意味でマーケティングという用語が使われることは少ない。なぜならカバー範囲が広すぎるから。普段の仕事、特に現場に近い仕事をしているときは、こんなに上位の概念を持ち出して来なければならないケースは多くない。

ところが、マーケットという言葉が語源であろうマーケティングは、なんとなく使いやすそうな響きを持っている。

思わず使ってしまうのだ。私はマーケティング担当です、とか。そんでほとんどの場合繰り返しになるがそのマーケティングはプロモーションだったり広告だったりする。

確実に「今広告の話をしているな」とわかるような場面なら問題ない。もしくはそこでマーケティングの定義をはっきりさせる必要がない茶飲み話ならそれも良い。問題は業務の定義がはっきりしないと、相手と業務におけるバッティングが発生しそうな時だ。

たとえば、マーケティングリサーチを担当している人とやりとりしたい時、目の前にマーケティング担当ですと言っている人がいた場合、その人がリサーチまで見ているのかどうかわからない。マーケティング担当というのは、コトラー的な意味であれば上流から下流まである程度見る役割を果たしていてほしい。

じゃあさっきの「マーケティング担当です」と言っている人はそういうロールかというと、相当な頻度で違う。というか、数名でやっている会社を除けばマーケティング全般を担当している人がいるケースは稀だ。ほとんど「販促担当です」の意味で使われている。

だからマーケティングという言葉を使わない

マーケティングという言葉を使うと、こういう混乱が起きてしまう。「その人がどの意味でマーケティングを使っているかぐらい感じ取ってよ」という意見もあるんだろうか?

それはちょっと大変だ。結構めんどくさい。

それにマーケティング担当とか、マーケティングの話をするのなら、マーケティングってなんだっけと古典は読んでおいた方がいい。そんで古典を読んでおくと、この意味でマーケティングという用語を使うと変だし混乱が起きるな、と思うようになるはずだと思う。

というか、そもそも「マーケティング」は示す領域が広すぎるから使わない方がいいなと思うようになるはず。

だけどいちいちマーケティングの定義について、「その場合のマーケティングとおっしゃっているのは・・・」とか言い始めるとめんどくさいしおかしな奴になってしまうので、必要のない限りはやらないし、自分自身も曖昧な話をしてしまうことになるので、マーケティングという言葉は使わなくなりました。