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Bsize BotのケースをBsizeからもらったので、感想などを書く

プレゼントキャンペーンって当たらないイメージがあるので普段やらないが、なんとなく今回応募して見る気になってBsize Botのケースのキャンペーンに応募したところ当たった。

単純に嬉しい。ありがとうございます。

せっかくもらったので感想を書く。やっぱり物をもらったので悪いことはかけないから、基本的には褒めておくつもりだけど、考えてたら改善してほしいところがあることを思い出してきたので、注文もつけることになると思います。

もらったケース

これをもらった。(画像がアップできない。また今度トライします。)

嬉しいよね、もらうと。緑のかわいいやつ。当たると思わなかったので、欲しい方のシリコンケースを選んだけど、当たるんだったら高い方の革ケースもありだったなと思ったのはナイショだよ。

くっつけた時の写真は撮ってないからない。撮ったら載せるかもしれないけど、多分やらない。

ケースそのものは使いやすい。前は巾着袋みたいなのに入れていたので、充電するたびに袋から出さなければならなかった。それが充電がケースに入れたままそのままできる!快適ー!

質感も悪くない。シリコンケースだから、まあいわゆるシリコンケースな感じ。ケースにキーホルダー的なやつがついてるので!簡単にぶら下げられる。

見た目も可愛いよ。

しかし、そもそも

しかしですね。キーホルダーつける穴くらい最初からつけててくれてもいいのになあと思わないでもないわけです。

開発の発想がアップルっぽいところがあるから、多分いらないものはできるだけ削る方針なんでしょう。ポンとカバンに放り込むのが想定してる基本的な使い方なんだろうし。iPhoneが殺した携帯電話のストラップ文化をこの製品が取り入れてくれることはまあ望めないし、強度の問題もあったりするだろうとは想像しつつも、本体に穴を付けてくれればストラップつけられてケース不要になるのになあとはやはり思う。

だからケースが出たことは嬉しい。ストラップ通せるから。

といいつつも、穴開けといてくれたらなーというのも正直な感想でもある。ケースだってまあまあ高い。この製品は人に見せびらかすものではないので、実は可愛いケースとか必要ない。不要なお金を払わされてるなあという感覚が残ります。

GPS精度は上がった。時間の間隔はもっと短いのも選びたい。

あと、本体の機能についても半年使っての感想を。

基本的には満足してます。

アップデートがかかってるのか、あるいは本体が学習しているのか、GPSの精度があがったように感じます。素晴らしい!こういうところはとても嬉しい。

個人的には、電波受信?発信?の間隔をもっと短くできるオプションが欲しい。

今は短い設定で3分間隔。これだと感覚が空きすぎ。学校から家までちゃんと寄り道せずに帰ってきてるかなー、とか知りたい。3分間隔だとこの用途には短すぎる。

できれば1分間隔。せめて2分。これを選べるようになると嬉しい。もちろんバッテリーの持ちに影響が出るでしょう。でも必要なら毎日充電します。だから、選ばせて欲しい。

安心したいのです。まさに今、この時に、子供は大丈夫か、どこにいるか。それが知りたい。そのためなら、多少電池の持ちが悪くても我慢します。

とはいえ、例えば行方不明のように大きな問題に対応するには1分おきの発信は不要なので、もっと長くていいです。だから、選びたい。

超応援してる

好きな製品です。最近買ったものの中で、かなり満足度の高いサービス。

だからいろいろ言いたい。これで気持ちが救われる親だとか家族だとかはたくさんいるはず。

超応援してます。

ところでリニューアル前の安倍礼司は、そんなに面白かったのか

リニューアル後の安倍礼司が相変わらず空回り中な状態です。

求めてる安倍礼司はこれじゃない・・・という反応がツイッターではほとんどで、ほぼ諦め状態に入りつつあります。

しかし、私はふと思ったのです。もともとそんなにまで面白い番組だったっけ?と。

なんとなく5年ほど聞いていましたが、そこまで私は安倍礼司のファンだったかな、と。

それで振り返ってみました。一体なぜリニューアル前の安倍礼司は面白かったと思っているかを。

楽しんで聞いていたが、何がそんなに面白かったのか実はよくわからない

楽しんで聞いていたとは思うのです。毎週、安倍礼司を車に乗っているときに聞いたり、ラジコで聞いたり。

聞いた後で、あー楽しかった、と感じてはいたはずなのです。

だけど何がそんなに面白かったのかと改めて考えると、実はよくわかりません。

いまいちだなー、と思っていたところはすぐに思い出せます。

例えばイベント収録のようないつもと違う収録方法の時は、キャラクターを忘れて巣の状態になってしまう飯野が嫌でした。「キャラを忘れるな!飯野であることに徹しろ!」と思ったものです。

あとは、刈谷のつまらないギャグとか。おぼっちゃまくんを思い出させるようなしょうもないギャグ。何を気に入っていたのだか、毎回のように出てくるので、やめてほしいと思っていました。

それからアンジュの「さかえるのじゃー」という決め台詞。あれもあんまり好きではありませんでした。決め台詞を作ろう!と会議が行われて決められたようなセリフで、アンジュの人も「とりあえずこれ言っておけばオーケーですよね」という置き方で、そんなに面白くはありませんでした。

選曲も、時々「違うんだよなー」と思っていました。もう少し時代が下がった頃の曲を主にかけてほしいんだけど、と頻繁に感じていたものです。

なのになぜか聞いていた

このように、嫌いなところはすぐに思い出せます。なのに、なぜか私は聞き続けていました。

なぜなのでしょうか。

脚本がとてもよかった、ということでもありません。楽しく聞いていましたが、何か特別な回を覚えているかというとそうではない。

そういえば、安倍礼司が家を買おうか悩んで、結局買わなかった話、というのは覚えています。それ以外には、誰かとだれかが結婚したとか、だれかの誕生日がどうだったかとか、そういう記念日関連の回もうっすらとは記憶に残っています。

ですが、そのストーリーに魅了されていたかといえば、そうでもないです。

だれか特定のキャラクターが好きだったか、と考えてみると、まあそれなりにみんな好きでした。主人公の安倍礼司は、決して平均的でもないのではないかと思わせる言動でありながら、あくまでもアベレージだと言い張るその様子がよかったです。

登場しなくなった刈谷も、ギャグは寒かったですが、声が良かったですし、なんだかんだ言ってもとても仕事ができる男という設定もあるために、彼がいるといちおうはなしがしまるようなところもあって、よかったですね。

姫川皐月もよかったです。妄想劇場は、8割つまらないので不要かなーと個人的には思っていましたが、声が素敵なので好きでした。

アンジュは、さかえるのじゃーは不要であるものの、まあどっちでもいいかな。飯野あたりもまあべつにどっちでもいいです。部長とか、ゆうちゃんとか、えいたとか、まあこのあたりもどうでもいいです。

要するに、だれかが好きだから聞いていた、というわけでもないようです。

選曲が常に良かったわけでもないことはもう書きました。なので曲が良かったというのも1番の理由にはならない。

ストーリーでもない。登場人物でもない。曲でもない。じゃあなんなの?と考えると、全く説明になっていないのですが、空気感が良かった、という話になってしまいそうです。

空気感ってなんだ

空気感って説明になっていないような、ちょっとだけなっているような、微妙な説明です。

ネットの辞書によると、空気感とはその現場、その人物の持つ雰囲気、ということなのだそうです。

ま、そういうことになりますよね。

安倍礼司の空気感ってなんだったんでしょうか。

Twitterなどをみていてると、水戸黄門のような「何も起こらない、いつもと同じストーリーが良かった」というようなことが言われているようです。

たしかにそんな気もします。。毎週特に何か特別な出来事が起きるわけでもなく、ただ日常が、中途半端なリアリティーで流れていく感じ。これが安倍礼司の空気感でした。

案外「中途半端なリアリティー」のところが大事だったのかもしれません。

キャラクターと、その演者とが完全に一体化しているわけでもなく、かといって別人格でもないような。

つまり、演者はキャラクターを演じることが彼らにとっては仕事なわけですが、一般的なサラリーマンにとってはその中で演じられていることがその日常的な仕事なわけで、そこに何か重ね合わせたり、感じ取ったりして日々の仕事を客観的に見て楽しんでいるような感じ。・・・これが私自身にはしっくりくる説明です。が、他人にわかってもらえる説明になっていないことは自覚しています・・・。

何が面白かったのかわからないので、リニューアルに対する要望も出しようがない

なぜ私自身が安倍礼司を面白いと思って聞いていたのか、あまりいい説明ができません。

なんとなく、登場人物がやりとりしているのを聞いているのが面白くて、そこに演者とキャラクターとが微妙に混じったり離れたりする様子がスパイスになっていた。こんな感じなので、リニューアルに不満はありますが、かといってどうしてほしいという要望もありません。

強いていうなら、元に戻してもらえたら、もしかしたらまた聞き始めるかもしれない、程度です。ですが、一旦これだけ変わってしまったら、もう戻れないかもしれません。

何が人気なのかわからないコンテンツというのは、継続していくのが難しいですね。狙って作り上げられるものではありませんし。

そう考えると、リニューアルが失敗してしまっていることも納得がいきます。何が人気なのかわからないので、どこをいじっても大丈夫なのかがわからない。で、結局不評・・・という感じで。

文学研究をしていたことを恥ずかしく思っていた私の話

文学研究が学生時代の私の専門だった。それもフランス文学だ。

大学を卒業し、やがて仕事をし始めると、学生時代に何をやっていたかという話題になる。私が」フランス文学をやっていた」というと、大抵の場合、笑いが起こる。「めずらしいね!」と言われるケースが多いが、一度は「鉄板ネタだね」と言われたことすらある。

なぜそこまで笑われたのか、本人には聞かなかったので確かではない。私のアジア人然とした風貌と、いまだに根強いフランスの洒落たイメージが合わなかったからかもしれない。でもたぶんそれ以上に、「役に立たないことに時間を費やしたのだね」という笑いだったのではないかと思う。

笑われると良い気分はしない。それでもその時は私も笑って話を合わせた。よく言われます、と。

フランス文学研究が「鉄板ネタ」と言えるほど面白いとは今でも思わない。しかし同時に、人が笑う気持ちがわからないわけでもない。フランス文学、という響きには独特の面白さが確かにある。

そんな風に笑われることが多いし、また自分自身も就職の場面や実生活で役に立つことを学ぼうとして文学研究を専門に選んだわけではないから、フランス文学をやっていたというときに、「あまり役に立たないのですけれどもね」と一言添えるクセがいつのまにかついていた。

また、仕事を始めてからは自分から積極的に自分の学生時代の専門について話すことはなくなっていた。フランス語が少しは喋れることも他の人に知っておいて貰えばいいのに、それすらも隠すようになった。どうしても専門について話さなければならないときは、少し自虐的に語る。それが自分にとって当たり前のことになった。

最近は、外国人と一緒に仕事をする機会が増えた。そうすると、昼食を一緒にとる場面などでは、学生時代の専門について話をすることが結構ある。共通の話題が少ないので、過去の話から話題を探ろうとする人が多いからかもしれない。

先日も「あなたは学生時代に何を専門にしていたの?」と尋ねられた。

またこの話か、と思いつつ、私はいつもどおりに「フランス文学研究をしていました。全く役に立ちませんけどね笑 間違って選んでしまったんでしょうねえ、若かったから笑」というような調子で答えた。

外国人と仕事をして、私はまだ文学研究をしていたという人にあったことがない。大抵マーケティングだとかコンピューターサイエンスだとか、そういう実益に繋がりそうなことをやっている人がほとんどだ。そういう人たちに、文学研究をしていたということを、私は恥ずかしく感じていた。時間と金をそんなことに費やしたのか、と思われるような、そんな気がしていたからだ。

フランス文学を研究していたと聞いて笑う外国人にはまだあったことがないが、それでもフランス文学?どうして?という表情を見せる人は多い。

だからその時も、いつもの調子で答えたのだ。

すると、同僚の一人が真剣な表情で「そんなことない」と私に強く反発した。文学研究は役に立たなくはない。あなたの仕事にちゃんと有益な経験になっていると思う。そう彼女は言ったのだ。

私はマーケティングに関わる仕事をしている。この領域では、消費者や顧客のこと、つまり人間のことがよく分かっていることが成功のカギになる。すべては人を知ることから始まる。「文学研究は、人を理解するときにとても役立つじゃないですか。あなたはその経験をしっかり生かしていますよ」と言われたのだ。

私は、その当然の指摘を受けて、とても恥ずかしくなった。

考えてみればたしかにその通りなのだ。文学研究とは、テクストを通じて人間のことを多面的多角的に考える行為。その経験が私の仕事を助けてくれないはずはない。その通りだった。

ところが私は、長年の他人からの反応を間に受けて、それに加えて決して高い志を持って文学研究を始めたわけではない後ろめたさから、自分が費やしたそれなりに長い年月と頑張りとを貶めるようなことを常日頃から口にしていたのだ。それも何年も。いろんな人に対して。

小説や詩が人の役に立つか、と問われれば即座に私は役に立つと答える。文学研究が人の役立つかと問われれば、実は私はまだ自信を持って役に立つとは答えられない。

しかし文学研究という経験は、私自身の糧にはなっているだろう、と今の私は強く感じている。

その学問は、その経験は、役に立つのか。

文学研究に携わり、そして学問を離れ仕事を始めた人のなかには、私とは違ってその経験や学問が自分をどのように助けてくれているかをしっかりと自覚できている人もいるだろう。すばらしいことだ。

反対に、私と同じように、場合によっては後悔しているような人もいるのではないかと思う。

たしかに私自身も、文学研究が社会にとって有益かと問われると、簡単には答えられない。少なくとも短期的なリターンは多くないだろう。

それでも、文学研究の経験があなた自身を助けるか否かと問われれば、案外役に立っているかもよ、と答えるだろう。

Amazonプライム・ビデオ 見るものないという方へ!最近私が見た映画リストと感想

今からちょっと前のこと。私の中で、通勤時間を使ってAmazonプライム・ビデオを見るのが大ブームになった。スマホで映画を見られることに、今さらながらも、おー!未来が手元にきてるー!と、本当に今更ながらに感動してしまったので。

まあしかしそんな感動も1ヶ月も経てば収まってしまうもので。

ある時期は毎日1本ずつくらい見ていたのが、いまでは何週間も見ていない。

飽きっぽいせいもある。が、すぐにやめてしまったのはそれだけが原因でもなくて、プライムビデオの微妙な品揃えの悪さも大きな原因だ。20本ぐらい見たら、あんまり見たい作品がなくなってきて、気づいたらやめていた。

それでも見たのは評判の良さそうな作品ばかりだったので、結構楽しめた。

見た映画のリスト

私が見たのはこんなかんじ。

  • グラン・トリノ
  • 攻殻機動隊(実写のやつ)
  • スペースカウボーイ
  • 許されざる者
  • 青い春
  • ジャージー・ボーイズ
  • イミテーションゲーム
  • ヘンゼルとグレーテル
  • エクスマキナ
  • プライベートライアン
  • クリード
  • コンスタンティン
  • MIB3
  • セーラームーンR
  • ボーダーライン
  • オーシャンズ11
  • キック・アス

過去に見たことがあった映画もいくつかあるが、ほとんど初めて見た映画だ。大学生の頃はよくビデオを借りて見ていたが、大人になってからはぐっと映画を見る回数が減った。特に子供が生まれてからは2時間使うのは難しくて、全然見なくなってしまった。さて、17本見たようだが、これをひとにおすすめしたい度合いで並べるとどうなるか。感想を書きながらランキングしてみる。ダメな方から挙げて行って、最後にNo. 1は!ってやりたいけど、オートリストを使って書いたほうが楽なので、一番よかった方から並べる。

  1. グラン・トリノ

  2. もう圧倒的。ダントツ一番はこれ。グラン・トリノ。
    見る前はタイトルがそもそも意味がわからないし、そんなに乗り気でもない感じで見始めたのだが、のっけからおもしろい。ずっと面白かった。
    アメリカが抱えている人種の問題、歴史の問題、経済の問題など、かんがえるべきかだいについてしっかりふれていながらも、ストーリーが全編通して面白い。笑わせようとはしないが、クリントイーストウッドが演じるめんどくさそうなアメリカ人の親父が、トラブルを起こしたりトラブルを解決したり、まあいろいろやる。その様子がコミカルで、飽きない。それでいてテーマはしっかりしているから、見終わった後の余韻もしっかりある。
    子供と見るには少々厳しいが大人がみるには最高だ。文句なくこのリストの中では一押しだし、リストに載っていない映画を含めてもかなり上位に入る映画だった。
  3. ジャージー・ボーイズ

  4. またクリントイーストウッド。今度は出演はしないが。
    フォーシーズンズというバンドの歴史を描いたミュージカル作品の映画化だ。これについてはプライムビデオで見る前から知っていて見たこともあった。面白いをの知っているから、改めて見たわけだが、やはり何回見ても面白い。
    ブロードウェイのミュージカルを見た人たちからすると、実はこの映画は物足りないらしい。演出面だったりで、本家の方がもっと素晴らしいと感じるようだ。
    私は幸運にもミュージカル版を見たことがない。だからこの映画が最高だと思えた。ラッキー。
    何がいいって、ギタリストのトミーを演じた役者とその役柄だ。こいつが悪いことはするしちゃらんぽらんだしでろくなやつではない。役者がそのろくでなしな感じを本当によく表現していて、顔もその口ぶりも、あーこいつはろくでなしだなーと誰の目にも明らか。
    本当にクズだから憎たらしいんだけど、どうも気になるのだ。こいつにはこいつの言い分があるんだろうけど、そりゃベーシストのニックも怒るよなー、10年もそんな目に合わせられればなーとか、リアリティーを感じさせてくれる。素晴らしい。
    さらにエンディングのダンスがこの人だけ微妙に下手なのがまたいい。主役級の他の人たちはミュージカルばたけの出身らしいが、トミー役はちがうそうだ。だからダンスにキレがないし、不自然。だが、それがいいんだなあ。
    こちらもオススメしたい映画。
  5. スペースカウボーイ

  6. またもイーストウッド。何も考えずにランク付けするとこういうことになるが仕方ない。
    おっさんたちが頑張って宇宙に行って、大活躍するというお話。それ以上のものはないが、それがすごくいい。
    グラン・トリノみたいにメッセージ性はあまりないが、反対にエンターテイメント性は相当高い。楽しい物語もバッチリ作れるので、イーストウッドのおじさんはすごいなーとただかんしんする。
    グラン・トリノも人をそれほど選ぶ作品ではないと思うが、スペースカウボーイはもっと人を選ばない。誰が見ても「楽しかったねっ!」と言える作品だ。
  7. エクスマキナ

  8. これは初めて見た映画だ。アマゾンプライムで見るまで、そもそも村材も知らなかった。実際日本では映画館では上映されていない?っぽい噂もある。検索すれば出てくるが、めんどくさいので調べません。
    簡単にいうと、AIが出てきていろいろやる話。AIというか、AIを乗せたアンドロイドといった方が正確か。
    見たのが少し前だからかもしれないけれども、面白かったなーという感覚がある。そんな感覚はあるが、あんまりよく覚えていない。
    とりあえずアンドロイド役の人が可愛いし、役柄にはまっていたなーという印象。
    四番目にしたけど、そんなにオススメはしない。SFが好きなら面白いと思います、ぐらいの感じ。
  9. コンスタンティン

  10. これも前にも見たことがある作品。正直コンスタンティンが好きだと人に言うのは、ちょっと恥ずかしい。
    何しろ子供っぽい話だから。
    とても強い悪魔払いが、すごく強くて、カッコ良く敵をやっつけていく、というのが主なストーリーなので、いい大人としては少々つらい。
    しかし好きなものは好きなのだからしょうがない。
    子供っぽい魅力的な場面が大量にある。そして武器の類もとてもかっこいい。ゲームっぽいし、ファンタジーだし、ダークだし。
    恥ずかしがらず、ばかにせず、見て欲しい。そしてこの作品を進めてくる人を、暖かく見守っていただきたい。
  11. プライベートライアン

  12. 見たことなかったのでやっと見られた。電車で細切れにして見たのだが、そうじゃないとちょっと通して見るのは疲れるかなあ。
    有名なのは最初のながーい場面。リアルな戦闘シーンで、見ていて本当に苦しいし、痛みが伝わってくる。
    戦争を味わったことがない世代の私などは、しっかり見ておくべき映像だと思うけれども、血が出たり体が爆発したりする映像が苦手な人は、ちょっとしんどいか。
    賞をたくさんもらっているだけのことはあると思った。いまさらお勧めするような作品ではないが、それでもまあかなりよい。
  13. ボーダーライン

  14. アメリカの麻薬捜査官たちの話。かなりハードな環境で仕事をしている人たちで、これはアメリカのこういう仕事をしている日立は本当に大変ですねという感想しかない。
    映画としては、途中まではたいへんにおもしろい。が、落ちのあたりはどうかなあ。決してスッキリするようなものではなかった。後味が悪いという意味でもなく、一つの映画が終わる時にはきちんと「はいこれにてこの映画終わり!」と感じさせてくれるようだともっといいなあと思う。要するにあんまり覚えてない。
  15. イミテーションゲーム

  16. 正直この辺りの作品の順位はかなり団子状態だ。ボーダーラインとイミテーションゲームは順序が逆でも別にいい。ただなんとなくイミテーションゲームの方が、終わり方がボーダーラインよりももっとスッキリしなかったっかなあ。それはストーリーの問題ではなく演出的な問題。
    第二次世界大戦でドイツ軍が使ったエニグマという暗号があって、それを解き明かした科学者の実話。
    個人的にこの映画で一番面白いと感じた点は、この主人公が発達障害やアスペルガー症候群のような傾向があるということ。そのような人たちの生きる上での大変さとか、それは当然本人だけでなく周りの人も同様に大変なわけで、他人事とは思えず考える部分がたくさんあった。
    そういう観点でこの物語を見られそうな人にはぜひお勧めしたい。マイノリティーの大変さとか苦労とか、そういうものがうまく表現されていると思う。勉強にもなる。
  17. オーシャンズ11

  18. プライベートライアンに次ぐいまさらシリーズ。見てなかったので。オーシャンと11人の仲間達ではなく、新しい方のオーシャンズ11だ。
    泥棒たちが頑張って盗みを働くお話。九番目にしたけれど、すごく面白かった。ただ、別にお勧めする必要があるほどのものでもないなあという。
  19. クリード

  20. ロッキーの敵にアポロという人がいた。その人の息子クリードの物語。
    そういう背景なので、じょばんからちゅうばんんぐらいまではとっても面白い。クリードがなぜ戦わなければならないか。どうやってクリードは強くなるのか。面白くなる要素がたっぷりだ。
    だが終盤は急速に失速する。予想された範囲内の結末に向けて、ただ物語が回収されて行くだけという感じ。面白いが、すごく面白いかと言われればまあまあ面白いというぐらい。
    ロッキー好き見ておくと楽しいし、ロッキーを見たことがないなら、あんまりおすすめしない。どうしても見るなら、ロッキーを3ぐらいまで見てから見るといいとおもう。
  21. キック・アス

  22. これも見たのは二回目。キックアス。ヒーローものだが、若干のグロっぽい表現もあり、誰でも楽しめるというような映画ではない。
    ストーリーそのものはとてもシンプル。簡単に言えば、ダメなやつがヒーローとして活躍する、というもの。その基本ストーリーを、ちょっと斜に構えたようなフレーバーを混ぜ込んだような筋書きになっている。
    だから見終わって何かが自分の中に残るかといえば、なんもない。なんもないがまあ面白かったなーという感覚は残っているので、多少のグロやエロなどがいやではない大人はまあ楽しめると思う。あと女の子が可愛いし、かっこいい。
  23. 青い春

  24. ずーっといずれは見てみようかなーと思っていた映画。青い春。松本大洋の漫画が原作。オムニバス形式の漫画を一本にまとめた形らしい。
    松田龍平の初主演だか初出演だったかの映画。よく覚えていないが、詳しくはWikipediaで。で、まあ松田龍平がっこいい。脇を固める役者たちも、たぶん若手の頃なんだろうが、どれも全部かっこいい。キャスティングがめちゃめちゃはまっているのだろうなあと思う。
    演出も面白いところがいっぱいある。単純に大変だっただろうなあというシーンとか。あと曲の入り方もかっこいい。
    12番目にしてしまったけれども、もっと上でもよかったかもしれない。でも面倒なので12番のままにしておく。
  25. 許されざる者

  26. クリントイーストウッド。超名作扱いの一本だろうし、しっかり面白い。しかし興奮度合いに若干欠けるイメージ。過去の自分の罪に対する悔恨、みたいなのがイーストウッドの大きなテーマの一つなのだろうか。個人的にはこのテーマ自体はあんまりピンとこないらしい。そんな印象。
  27. MIB3

  28. MIBは昔友達と映画館に見に行って、でもその友達は途中で眠ってしまって、当時はまだ入れ替え制の映画館ではなかったからもう一度見ようということになった。というどうでもいい思い出がよみがえってきた。
    その思い出とともにMIB3を見てみたが、面白いかと言われればそうでもない。悪いかと言われれば、そんなこともない。そんな映画。
  29. ヘンゼルとグレーテル

  30. 昔話のヘンゼルとグレーテルを大人にして、それを魔女退治の二人組に仕立て上げて、恐ろしい魔女たちをやっつける話。
    オススメは別にしないが、2時間を楽しく過ごすには結構悪くない。あれ、15番目にする必要はなかったかも。クリードとかよりはもっと面白かったような気がしてきた。
    強い二人組がいて、そのふたりが最初はめちゃめちゃ強い。でも多少の困難を味わいながらも、大団円!うん、見ても見なくても人生に影響のない映画ではあるけれども、面白かった気がする。
  31. セーラームーンR

  32. アニメはあんまり見ないのに、面白いらしいと聞いて見てみた映画。1時間ちょっとくらいの長さだったと思う。面白くなくはないが、そんなに絶賛しなきゃいけない?という感想だ。
    登場人物たちが、入れ替わり立ち替わり必殺技の名前を唱えながら戦うシーンがバンバン見られるのは面白かった。味が濃い部分がいっぱいあるような料理。
    アニメの演出としてはすごく感動する部分がたくさんあるようだけれども、あんまりピンとこなかった。リテラシーが足りていないのかもしれない。でもまあ、そんなに?という感想が正直なところなので仕方ない。
  33. 攻殻機動隊

  34. 攻殻機動隊は好きだ。漫画もいい、映画もいい、アニメもいい。だがこれはいかん。
    草薙素子なる主人公は、他人にはあまり伝わらないような悩みを抱えつつも、冷徹に問題を解決していく様子を見せてくれなければならないはずが、ちょっと弱い女の子すぎる。ハリウッドは同じ文化背景を持つ人がオーディエンスではないから、読み取りやすい要素を多く加える必要があるのはわかるが、それをやりつつもファンを納得させる方法ってあるはずだし、ファンがうなるぐらいじゃないとファンじゃない人にも響かないのではないのか?
    マトリックスって、あの世界観自体はニューロマンサーから始まる”マトリックス”な世界観を、キアヌリーブスのかっこよさと映像のかっこよさでまぶしまくって、その刺激的な世界をもともと素養のなかった人にまで魅力を伝えて心を鷲掴みにした映画だろうと思う。そんなものを攻殻機動隊が映画化されるのであれば、期待してしまうよねー。
    実際、攻殻機動隊がモチーフだから、最後まで楽しく見られたのだけれども、それでも結局やっぱり面白くはなかったし、どうしようもないなあという感じ。

ランキングって、10を超えるとかなり順番がいい加減になるものですね。正直グラントリノ以外はかなり順位は適当です。また他の映画をプライムビデオで見た時には、追加したり書き換えたりしてみたいと思う。

それでも私が「ヒソカvsクロロ」が好きな理由

ヒソカとクロロが戦うシーン。私の好きな場面の一つだ。

二人とも敵役でありながら、かっこよく描かれるキャラクターで、この2人が出ていると華があるというか、とても絵面がしまる。そんな2人がいよいよ直接対決をするということで、それだけでも豪華な場面だと言える。

ところがこの場面、否定的な意見も多い。主な意見はこんな感じ。

  • 唐突に戦いが始まりすぎる。それまでの暗黒大陸編の流れをぶった切る形で、大きなストーリーの邪魔になっている。
  • 戦う場所などの設定が不自然。
  • 描写がわかりにくい。読んでいてすぐに内容が入って来ない。スピード感がない。
  • キャラクターが、絵柄も性格もこれまでと大きく変わりすぎている。(変化そのものは良いが、「悪化・劣化」している)
  • 単行本での解説が言い訳じみている。

こんなところだろうか。そもそもこの場面が必要ないという意見から、細かな絵柄や、週刊連載後の作者自らの解説など、いろいろな観点から否定されている。

まあ、これらの指摘はぶっちゃけ正しい。私は集英社のアプリで読んだが、あまりにも突然2人が戦い始めたので1話読み飛ばしてしまったかと勘違いした。なので、唐突に始まりすぎ、という意見もわかる。

描写がわかりにくいというのも納得。一つ一つの能力の名前とその性質を覚えておっていくのは、時には楽しいこともあるが、ヒソカ対クロロの場合はちょっと面倒に感じた。

でも、私自身は本当はこういうくどくど説明くさい書き方だったり、読み噛まなければならない情報が大量に出て来るような書き方は嫌いではない。たとえば、グリードアイランド 編だと、カードの一覧が複数ページに列挙される場面があった。ああいうのは、とっても楽しい。いろんなことを考えるもんだなーと、素直に感動したりして、細かく見てしまう。

ところがヒソカ対クロロはどうもしんどかった。面倒くさいという言い方がぴったりな感じだ。だから、描写がわかりにくい、という指摘も納得。

あとは、連載後の解説についての指摘。まあ、これも納得。自分で解説するのって、ダサいよね、という意見には同意するしかない。

この否定的な意見にそれだけ同意するなら、なんでこの場面が好きなのよ、ということになるが、実はその理由はとても小さい部分にある。

(ここからごく若干のネタバレを含みます。ご注意ください。) 続きを読む

あえて選んだ狭い家で、リアルに困ったこと

「あえて選んだ狭い家」という本が話題になった。家は広くあってこそ幸せになれる!という一般的な考えに反するタイトルで、そういう考え方もあるよなあと私も思った。

実際、私自身も狭い家に住んでいる。家族3人で57平米。2LDKなので、リビングと夫婦の寝室と子供部屋という構成だ。実に狭い。

もちろん狭いことはわかっていてそのマンションは購入した。広い方がいいところがあることもわかっている。それでも狭いことによるメリット(ほぼ全てコスト面のメリット)から、まさに“あえて選んだ“わけだ。

それでもやはり、住んでみると狭いことのデメリットはたくさんある。すみ始める前に事前に頭の中ではしっかりと「こんなことが起こるんだろうな」とシミュレーションできていても、シミュレーションどおりのことを実際体験すると「やっぱりめんどくさいー!」となる。

狭いマンションや一軒家を購入したり借りたりしようとしている人に、私が実際に感じたいくつかのことをお伝えしたい。

引っ越し後になかなか片付かない

引っ越し直後に発生するのがこの問題だ。なかなか引っ越し後の片付けが進まず、日常を取り戻すまでに時間がかかってしまうのだ。

なぜかというと、とりあえずダンボールをまとめておいておくような逃げスペースが存在しないから。

たとえば、私は2LDKに住んでいるが、それがたとえば3LDKで80平米くらいあれば、引っ越しはもっと簡単だったと思う。

一部屋をダンボールを一時的においておくへやにしておいて、リビングや寝室は生かして置き、そこで徐々に日常生活を立て直していけば良い。

しかし狭いとそうはいかない。各部屋におく予定のダンボールは、各部屋におかれることになる。逃げ場所に使うような部屋は何しろ存在しない。全部の部屋に頑張ってもらわなくては困る。

で、どうなるかというとどの部屋もダンボールが主役みたいな様子が出来上がる。人間が暮らすような隙間なんてない。

この時期が、私の家の場合は1ヶ月以上も続いた。かなりつらい。

一時的なものであったとしても、こういう辛い時期があることが、狭い家のとても大きなデメリットだと思う。

選べる家具の制限が思った以上に厳しい

新居に移れば、新しい家具だとかいろいろなものを置きたいものだ。だが、狭い家だと結構難しい。選べる家具は、大きさの面でとてつもなく限られてくるからだ。

こんなことは狭い家を選ぶと決めた時点でわかっていることなのだけれども、これがいざ目の前にすると案外辛いものだ。

たとえば食卓。「こんないい感じのダイニングテーブルが欲しいなー」と選んでいて、なかなかいいのが見つかったと思っても、大抵の場合それはでかい。置けない。入らない。

照明にしても同じだ。こんな感じのおしゃれな照明にしたいなーと思っても、それは部屋が狭いとつけてしまうと圧迫感が出るようなものだったりする。

何を導入しようにも、ほとんど常に大きさの問題が発生してしまう。狭い家だから当たり前だろと思うだろうが、わかっていてもいざ目の前にリアルな問題として見えてくると、思ってたより辛いなーと感じてしまうものなのだ。

他の人に言うとき、ちょっと恥ずかしい

「あえて選んだ狭い家」であったとしても、それはやはり「あえて」。あえて、と付け加えなければならないほどに、家は大きければ大きいほど良いという先入観や思い込みは強い。

私もマンション購入時にはずいぶん考えた。自分なりの理由があって、それは結構論理的で、納得して購入した。

それでも誰かに話す時に「でもまあ、狭いんだよねー」と口をついて出てしまうのだ。

経済的な面から考えると、絶対狭くても街中に近いとか何かしら別のメリットがある家を買った方が少なくとも私にとってはリーズナブルなんだけど、どっかで「負けてる感」が残っている。

人によっては、こんなことは感じないのかもしれない。というか、私自身も常日頃こんな風に思っているわけではない。

それでも時折、なんか言い訳しておきたいような気持ちになることがあるのだ。

だいたいこんなところだろうか。ぶっちゃけ、どれもそれほど大した問題ではない。引っ越し後の大変さなんて最初のうちだけだし、家具の大きさの問題も慣れてくればその条件に合わせたものが探せるようになる。「負けてる感」も、実際日常的に味わっているわけではないし、私自身納得して買った家だから実はそんなに強く負けてる感を持っているわけでもない。

なので、狭い家だけど買ってもいいのかなあとか、そんな風に悩んでいる人は、分析して見て自分には狭い家でOKっぽい、と思ったら自信を持ってえらんでみればいいとおもいます。

ジュネーブ留学記(3)酔いどれ隣人との別れ

(これまでの経緯はこちらから)

スイス・ジュネーヴ留学失敗記(1)酔いどれ隣人との出会い
スイス・ジュネーヴ留学失敗記(2)打開策がもろ刃の剣だった

ところでそうして2ヶ月ほどが経った頃、例のポーランド人とちょっとしたいざこざがありました。

それほど真面目に授業を取っていなかったと言っても、単位は欲しいのでテストを受けたりする必要はあります。ですから、テレビばかりを見ていたわけではなくて、自室では宿題に取り組んだり、レポートを書いてみたりといろいろ忙しくはしていました。

ところがそんなある日、突然隣の部屋から窓ガラスが揺れるほどの爆音が聞こえてきたのです。

それはポーランド人が酔っ払って、スピーカーからとんでもない音量で聴いている音楽でした。メタルです。それもデス系のメタルです。

一日や二日であればそういうこともあるかと我慢できます。しかしそれが何日か続きました。

相手は酔っ払いで紙巻きたばこを自分で作ったり、金魚をいじめたりする男です。揉め事になるとやっかいなことになる可能性が高いです。

私は衝突するのを避けて、直接文句を言うようなことはしないようにしていました。しかしその状態が数日続くので、耐えられなくなりました。

その時に私は初めて気がついたのですが、そのフロアには北側に5室、南側に5室の合計10室あったはずが、学生が暮らしているのは私とそのポーランド人と、あとは離れた方に一人か二人いるくらいで、空室がとてつもなく多かったのです。その酔っ払いが、人の迷惑になるようなことばかりするので、ほとんどの学生がフロアを移ってしまったようでした。

私はその時にはまだ十分に把握していませんでしたからのんきに暮らしていたのですが、あまりにも騒音が続くのでいよいよ我慢がしきれなくなり、その男の部屋に行って、うるさいからその音楽を止めてくれないかと頼みました。「ああそうか、君は勉強してるのか。それは悪かったね」と彼は素直に言ってくれました

私はありがとうと言って自室に帰りました。やった、揉めることなくやり過ごせた!ほっとしてレポートを書くために、パソコンに向かいます。しかし作業は思うように進みません。なぜなら音楽が先ほどまでの音量と全く同じ状態でなり続けているからです。

私は再度隣人の部屋を訪ねました。ノックすると、彼は出てきました。「音楽のことなんだけれども、小さくしてほしいんだけど」というと、「ああ、音楽ね、うんわかった」と彼は言います。

そして、変わらず鳴り響くのです。ラップが。

翌週、他の人たちと同じように、他のフロアに移ったのは言うまでもありません。

年賀状をやめるために私の先生がとった行動

私には恩師がいます。学生時代に私を導いてくれた先生です。

どちらかと言わなくてもドライな性格だと自分でも思う私ですが、この先生にはきちんとしておきたいと思っていて、私としては珍しく自ら望んで年賀状を出しておりました。

恩師はもっとドライでした

ところが、私の恩師はもっとドライでした。

ある年、その恩師から年賀状が届きました。先生は年賀状でいろいろメッセージを書いてくれるタイプではありません。干支と簡単な定型文が印刷されている年賀状がポンと届くのが例年のことでした。

ところがその年は珍しく一言メッセージが添えられています。そこにはこう書かれていました。

「フェイスブックで繋がっていますので、来年からはそちらでお願いします」

先生はそのとき70歳近かったと思いますが、昔からデジタルはしっかり活用されていて、ソーシャルメディアも早々にアカウントを取ってお使いでした。

こまめに投稿もするのでさすがだなあとは思っていたものの、まさか年賀状をフェイスブックに切り替えると宣言されるとは思っていなかったので驚きました。

まあ、たくさんいる教え子の一人でしかないわけで、全員にずっと丁寧し接しているわけにもいかないことは分かります。いちいち年賀状を返していると、手間もコストもかかりますから。

このメッセージは使える

さて、私の恩師が送ってくれたこのメッセージですが、これは使えるかもしれないなあと思ったのです。

年賀状を断りたいとき、本当に難しいのが、やめることを伝えてからやめるか、それともこっそりフェードアウトしていくか、です。

やめますね、と言ってからやめるのが潔くはありますが、このときさてどうやって言ったものか本当に悩みます。年賀状をやめる理由として、しっくりくるものがないのです。

かといってしれっとフェードアウトするにも、なかなかの胆力を必要とします。

そこで我が師のメソッドです。

年賀状をやめることは高らかに宣言しますが、かわりにフェイスブックでは来年からはメッセージを送りますね、と代案を示すのです。

そうすると、年賀状はなくなってもあなたとのコミュニケーションは続けるんですよー。ただ、ハガキでやるコミュニケーションって今っぽくないし、お互い負担ですからやめるっててもありますよねー、といううまい流れが作れるのです。

この「フェイスブック」の部分は、実際なんでも構いません。ツイッターでもインスタでもラインでもなんでもいいです。とにかく、連絡はしますよと明確に伝えることが大切なのです。

ちなみに翌年以降の恩師は

さて、こうやってうまい事言って私に年賀状を送るのをスッパリやめた私の恩師が次の年からどうしたかについて触れておきますと、あれから3年、今の所私のフェイスブックのメッセージボックスには一度も先生からのメッセージは届いておりません。

そんなドライな恩師が大好きです。

アメリカも似たような感じらしい

よく考えてみると、年賀状と似たようなことをアメリカでもやってますね。クリスマスカードです。ちょろっと調べてみただけでも、クリスマスカードを送るべきか、とか、私がクリスマスカードを送らない理由、とか、そういった内容のブログが山ほど出てきます。

やっぱりファミリーアンドフレンド至上主義のアメリカであってさえも、クリスマスカードはやめたくてもやめづらいもののようです。

その中でクリスマスカードを送らないという人の記事を一つ紹介します。

今年私がクリスマスカードを送らない3つの理由(3 reasons why I am not sending you a Christmas card this year.

(話がずれますが、日本でもアメリカでもブログのタイトルって「なんとかの3つの理由」みたいな似たようなものが結構あるものなんですね・・・)

この記事の著者は11月に引っ越したばかりなのでクリスマスカードを送らないということにも触れていますが、それよりも大きな理由として次の3つを挙げています。

1:コスト

この方は毎年100ドルほどクリスマスカードにかけていたようです。カードを買ってきて、それを加工して、送ったりするとそれぐらいかかるのでしょうね。日本でも似たような金額になっている人も多いと思います。

ちなみにこの方は浮いた100ドルを自分が気に入っているチャリティーに寄付するということらしいので、この辺は日本人の感覚とは違いますね。さすがは金持ちもそうでない人もたっぷり寄付するお国柄の人です。

2:時間がもったいない

つづいて、時間がもったいない(時間は大切)という点も理由としてあげています。

今本当に大事なことに時間を使うべきで、自分たちの場合は年々大きくなっていって子供たちと今できることをしっかりとやっておくこと、ということのようです。日本の年賀状はほとんどがプリンターで作りますし人によってはネットプリントとかで完全外注のこともあると思います。それと比べてアメリカのクリスマスカードは手作りな部分が多いからか、時間を無駄にしている感覚があるのかもしれません。

個人的にはかなり共感できるポイントです。

3:そもそも今年私がしたことは、みんなFacebook知っている

これは今っぽいといいますか、実態に即した理由です。仲がいい友達とかは、そもそもFacebookでつながっているわけで、Facebookに投稿をしていればそれで日常的な様子は伝わっているのだから、クリスマスカードでわざわざ伝えなくてもいいんじゃないの?ということですね。

私の恩師と同じような考えといえば考えです。

確かに言われてみればその通りなのですよね。仲がいい人ならLineなりFacebookなりでつながっていることが多いわけで、年に一回紙のカードで近況報告されたからといってそこに違いがあるかと言われればないわけです。

とはいえ、まだまだ手に触れられる紙のほうが温かみが感じられるから好き、という意見の人も少なくはありません。(タンジブルなんていう言葉がはやったこともありましたね。)だからあまり真っ向から「紙の年賀状を出す人なんて時代遅れだ!」とかいうと怒られそうですし、実際私もまだ100パーセントは辞めていないわけなのですが、それでもここで書かれている3つの理由は、私たち日本の状況を考えてみても同じような理由で年賀状を辞めてもいいのかもなあ、と思えるものなのではないかと感じます。

子供としりとりをするとき、どのように終わらせるか?

子供としりとりをするのはなかなか楽しいものですね。

うちの子供も始めの頃は「いぬ」とか「からす」とか、簡単な言葉しか言えなかったのに、大人の言葉を真似して「民主主義」とか「うる星やつら」とか、意味がわかっていないであろう言葉を出し始めるのでいつやっても驚きがあって楽しめます。

うちの子供はまだ濁点がつく言葉が苦手らしくて、たとえば「ば」で始めなければならないときは「子供だから『は』でやらせてほしい」などと訴えてきます。

うちはそういうところには厳しいので、「ば」で頑張りなさいと言って、ヒントを出しながら濁音のまま答えさせるようにしています。

そうすると子供は飲み込みが早いので、だんだん苦手な音でも語彙を増やしていろいろな言葉を言えるようになってきます。面白いです。

苦手な音でなければ、私よりも子供の方が答えるまでの時間は短いくらいになってきました。反射的に次々と言葉を出してくるのを見ると頼もしいようでもあり、同時に負けていられるかとこっちも真剣に頑張ろうとするようになります。

難しいのはしりとりの終わり方ですね。
最初こそ楽しいのですが、あまり毎日しりとりばかりやっていると大人の方は飽きてしまいます。

そこで我が家は、あと何回で終わりだから、それに合わせて君が「ん」で終わる言葉を答えて終わってね!と言って終わらせるルールにしています。

ん、で終わるのはなかなか難しいですから、指定した通りの回数で終わることは稀ですが、それでも数回のうちに終わることができますし、それに「ん」で終わる言葉の語彙も増えるので、終わり方に困っている方にはオススメの方法です。

狭い家の弱点を補うために、絶対重視すべき条件とは?

こんにちは、ペパローです。

狭い家を選んで効率的にスペースを活用して快適に暮らすという選択肢が、少しずつ一般的なものになっていると思います。幸せに暮らすためには家は絶対に広くなければならないという固まった考え方ではなく、自分らしい家を作り上げていくその感覚を含めて、私自身も狭い家に住んでみてなかなか良いチョイスだったと感じています。

狭い家を選ぶことによって、住宅にかかるコストが安く済みます。その分、駅から近かったり都心に近かったりと有利な条件を得ることができ、結果として日常生活の中で自分のために使える時間が長くなるというメリットがあります。この「時間を得る」というメリットは本当に大きいのですが、その一方で、狭い家にはそれだけの弱点があることもやはり事実です。

まず、狭い家には「収納場所が少ない」とか、「リビングが狭くて家具が置けない」とか、わかりやす弱点がたくさんあります。これらの弱点は住んでみなくてもすぐにわかるものですので、住む前から事前に対策が可能です。ですが、狭い家の弱点の中には、しばらく住んでみなくてはわからないもので、しかも一度購入してしまってからでは取り返しのつかない隠れた弱点があるのです。その弱点は、ちょっと考えたところではそれほど大した問題ではないように思えるのですが、実際に長期間暮らしてみると、少しずつ少しずつ効いてきて、最後にはかなり大きなダメージを与えかねないようなものだと私は思っています。

隠れた弱点:視界が狭くなる

私が強く感じる狭い家の隠れた弱点というのは、「視界の狭さ」です。

面積が狭い分、部屋の壁から壁の距離が近いです。部屋の真ん中に立っていると、全ての壁がとても近くにある感覚になります。

そうすると、部屋の中にいる時に、視線を渡せる距離がかなり近くなってしまいます。当たり前のことだと思われるかもしれませんし、実際面積が狭ければ壁から壁の距離が短くなることは事実当たり前ではあるのですが、一瞬の内覧などでは実はこのことに気づきにくいのが実際です。

十分にこの弱点を認識しないままに物件を購入してしまうと、そのちょっとした圧迫感が、ま一二の暮らしの中で少しずつストレスを与えて、最終的には大きなダメージを住み手に与える可能性を持っています。

実際私の家もそうですが、部屋の端っこに座っていても、かなり近いところに反対側の壁がありますし、部屋の対角線に視線が渡るように座ってみても、それでもやはり狭いだけあってなかなか遠くを見ている感覚にはなりません。

部屋が狭いことは、ものや家具が置けないという物質的な問題もさることながら、空間が狭いために視線が遠くまで生きにくく圧迫感があるというちょっと別の問題も生み出すのです。

弱点克服方法:見晴らしの良さにこだわって物件を選ぶ

この「視界の狭さ」という弱点を、どのように解決すれば良いでしょうか?

部屋は狭いので、部屋の中だけで解決することは難しいです。例えば壁紙は白いものを選ぶとか、家具も圧迫感のない色のものを選ぶとか、あるいは家具を背の低いものを中心に選ぶとか、そのような方法も存在しますが、それだけではカバーできません。

そこで私がお勧めするのが、「見晴らしの良さにこだわって部屋を選ぶ」ということです。

マンションであれば、隣の家で視界が遮られない高さや角度の家を選ぶべき、ということになります。2階や3階ですと、一軒家でも窓や屋根が自宅の窓から見えてしまうので、その点ではNGです。隣が一軒家であれば4階以上であればかなり改善されます。また、窓のある側が少し広場になっていたり、その大きさにもよりますが道路沿いであったりすれば、騒音の心配が無さそうであるという条件付きですが、見晴らしはかなり確保されると思います。

借景の考え方で、視界だけでも部屋を広くする

考え方は、借景です。日本庭園が、自分の敷地以外の山などを視界の中で借りてきて、その広さを担保するという例の考え方です。これを自宅に取り入れることによって、実際の広さは変わりませんが、視線を遠くにやれることで圧迫感を少なくするという効果が得られると思われます。

狭い家は、弱点が多いです。その分、コスト面では大きなメリットも得られますし、広さの代わりに自由な時間やその他の便利さなどがいろいろ手に入れられる可能性もあります。様々な手法をうまく取り入れて、効率的な暮らしを目指したいものですね。