コミュニケーション

知っていそうでよく知らない、いろいろなマークを紹介。全部わかりますか?

世の中にはいろいろなマークがあります。交通標識やいろいろな製品の裏についている表示とか、それはそれはたくさんのマークが存在しています。

しかし中にはそれが何を意味するのか、わかっているようでわからないものも少なくありません。

たとえばこれはどうでしょうか。

R100

見たことありますよね!確かに見たことはあるんですが、これが何を意味するマークか、はっきり言えなくありまえんか?

これは何かと言いますと、R100マークと呼ばれるものです。

こちらのDTP・印刷用語集というサイトの解説によりますと

R100のマークとは、古紙パルプ配合率100%の用紙(再生紙)を使用していることを表すマーク

なのだそうです。

Recycle 100%のR100を模しているということですね。数字に横線が入っているのは紙を意味しているのでしょうか?この辺りは若干不明ではありますが、色が緑色だとなるほど緑を守るってことなのねとギリギリわかるかもしれません。

つづいてこちらはどうでしょう。

SGマーク

(画像検索結果へのリンクです。)

これも見たことありますね!確かに見たことはあるんですが、これもまた何を意味するのか、はっきりわからなくないですか?このマークは、SGマークと呼ばれるものです。

製品安全協会という団体がありまして、そちらが作ったマークのようです。協会の説明によりますと

SGSafe Goods (安全な製品)の頭文字を合わせたものです。SGマークは当協会が定めたSG基準への適合を当協会が認証したことを示しています。「安全な製品」の目安です。

とのことです。

なるほど、Safe GoodsのSGなのですね。昔のおもちゃ屋なんかにもこんなマークが付いていたように記憶しています。

上の二つはまだ見たことがあるものだからいいです。

では、こちらはどうでしょう。

ん?これは・・・見たことありそうでなさそうな・・・。蝶々がひらひら飛んでいるようですがなんだかよくわかりません。

これ、実は「聴覚障害者標識」というマークです。内閣府のサイトによりますと・・・

聴覚障害であることを理由に免許に条件を付されている方が運転する車に表示するマークで、マークの表示については、義務となっています。危険防止のためやむを得ない場合を除き、このマークを付けた車に幅寄せや割り込みを行った運転者は、道路交通法の規定により罰せられます。

とのこと。なるほど聴覚障害を持った方が車に貼るマークなのですね。

私は結構車に乗る方ですが、しかし道路では見かけたことがありませんでした。聴覚障害者の運転手が少ないのか、それともただ私の注意力が低いだけなのかはわかりません。

耳の形で、聴覚と蝶々の「ちょう」がかかっているのでしょうが、もう少しデザインを改善できないのかなあと思わなくもないですね。

続いてはこちらです。

これはなんとなくわかりますね。少なくとも東京ではこの1年ぐらいでかなり見かける回数が多くなりました。

このマークは「ヘルプマーク」と呼ばれるものです。

東京都福祉局のサイトによりますと、

義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、外見から分からなくても援助や配慮を必要としている方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマークです。

私が個人的にとても好きなマークです。まず背景にある理由にとても納得感がありますし、マークそのものもとても目立ちますので周囲の人が気付きやすいです。しかも意味合いもある程度わかりやすいものでありながら、デザインが洗練されています。

ヘルプマークに関しては、もっと普及して、多くの人がその意味合いを知るようになってくれるといいなと思います。


こうしてみると、マークにもいろいろありますし、見たことがあるものもあれば、あまり馴染みのないものもありますね。正直に言えば、そのマークが付いていてもいなくてもどっちでもいいようなものもありますが、例えばヘルプマークや聴覚障害者標識のようにもっともっと広がるといいなと思うものもたくさんありますので、また今度調べてみようと思います。

飲み会が苦手な人タイプとその言い分をグループ分けしてみました

飲み会が苦手な人っていますよね。みんな楽しそうに参加しますが、実を言うと決して心から好きなわけではないと感じている人が少なくありません。

飲み会嫌いにも何パターンかある

一口に飲み会が嫌いと言っても、みんなが同じように飲み会のことが嫌いなわけではありません。

そこにはいくつかのパターンがあるようです。

会社の飲み会が苦手(友達とならOK

まずあげられるのが「会社の飲み会だけが苦手」と言うタイプです。

たとえば上司と一緒に飲みに行くと、延々説教をされてしまうとか、あるいは上司を除いた同僚と飲みに言ったとしても会社や他の社員の悪口大会になってしまうので楽しめないといったタイプです。

確かに会社の飲み会は、会社での役割をそのまま引きずらざるを得ませんので、特に若い人たちは面倒に感じられるのかもしれません。

私も以前勤めていた会社に、若手を飲みに連れていくと絶対に朝まで返さないし、とんでもない量を飲ませられてしまうことで有名な人がいました。何人かは病院送りにされているほどです。

私はと言うと、その人の部下ではありませんでしたので、誘われても「今日はちょっと」の一点張りで逃げ続けたわけですが、私の同期でその人の部下だった二人の社員は、そろって病院行きでした。

こんな様子を見ていると、会社の飲み会が嫌いになってしまうのも分かりますね。

飲み会全般が苦手(お酒なしならOK

会社の飲み会だけが嫌いな人の中には、友達やもう少し仲の良い人との飲み会であれば楽しめるという人もいるでしょう。

しかしそれすらも楽しめず、飲み会の名のつくものは全て苦手だという人もこれまた少なくないです。

このタイプの人たちは、多くの場合そもそもお酒を飲むことが好きではないという人が多いです。もしくは、お酒が入った人と一緒にいることが辛いという人ですね。もっと言えばその合わせ技ということもあり得るかと思います。

私はこのタイプに入ります。

私はほとんど下戸なのでアルコールが入っても楽しい気分になれませんし、いい具合に酔っ払った人たちの間に入った時に、盛り上げることもできなければ自分が楽しくもなっていないので、エンターテイメントとして成り立ちません。

それでも1時間くらいで終わるのであればまだいいのです。しかし飲みに行けば最低でも二時間かかりますし、二次会や三次会となれば当然のように日をまたぐことになります。

少なくとも私の場合はコミュニケーションとるならお昼ご飯を食べればいいじゃない、と思っています。ランチであれば、短ければ30分、長くても一時間半くらいで終わります。平日ならアルコールも入りませんから酔っ払った人も出てきません。

しかし少し酔わなければ人は本音を吐かないと信じている人がたくさんいることもまた真実。ここがランチコミュニケーション派にとって苦しいところです。

飲み会でもランチ会でもコミュニケーションが苦手

飲み会嫌いにはさらにハードボイルドな人もいます。飲み会でもランチ会でも、とにかく全てのコミュニケーションが苦手というタイプです。

私はランチならOKではあるものの、行かなくていいならそれもまたよしなので、このタイプの人の気持ちもわかります。

このタイプは、アルコールが入っているかどうかということはそれほどまでには重要ではありません。兎にも角にも大人数でわいわいやることが好きではないということになります。

その一方で面白いのは、この手の人の中には一対一のコミュニケーションならなんとかなるという人が案外多いということです。二人きりで話をするぶんには特に問題がなくて、むしろ饒舌なのに、三人以上になると途端にめちゃめちゃ聞き役に徹し始めるというか、一言も発さなくなるような人です。

この手の人は飲み会に誘っても来ないことが多いですね。あー、私はこのタイプのほうがしっくりくるかなあ。

 

 

飲み会嫌いにもいろいろいますね。コミュニケーションのためには飲み会が一番という方もいらっしゃいますが、私は飲み会は断って自分の時間を作りたい人間です。

いい距離感で必要な程度のコミュニケーションは取りながらも、自分らしい人生を生きていきたいと思います。

カタンを遊びに取り入れて、発達障害傾向の5歳の息子に現れた変化

カタンの開拓者たち

歳になる息子がいます。彼はすこしこだわりが強かったり、時に癇癪を起こしたり、あるいは運動能力が若干低いのですが、一方で記憶力や思考力はある、という具合に成長に偏りがある子どもで、いわゆる発達障害の傾向がすこし見られる男の子です。

そんな息子と私たち両親とで遊ぶ時に、単に親が遊びたいからという理由で「カタンの開拓者たち」を取り入れました。

本当にただ楽しいからカタンで遊んでいただけなのですが、しばらく遊び続けているうちに、息子に良い変化が見られるようになってきました。それまで苦手でうまくできなかったことが、カタンを遊ぶ中で自然と身についたようなのです。

そこで、私たちがどのようにカタンで遊んだか、そして息子にどのような変化が見られたかについて、書き残しておきたいと思います。

そもそも「カタンの開拓者たち」とは?

ドイツ生まれのボードゲームです。ボードゲームというのは、人生ゲームやすごろくのように、サイコロやカードを使って数人で遊ぶアナログゲームのことです。

なかでも「カタンの開拓者たち」はボードゲームの名作と言われていて、発売されてから長年にわたってベストセラーになっていて、世界中で楽しまれているゲームです。

ルールをかいつまんで説明すると、「サイコロを振ってカードを集めて、集めたカードを使って陣地を広げていく」というものです。一見複雑ですが、一度遊んで見れば大人なら簡単に飲み込めるルールです。

5歳には早いかなあと思いながらも購入

さて、このカタンですが、誰が一番遊びたかったかというと、私です笑。 しかしなかなかカタンで遊ぶ機会がなかったので、子供が大きくなったら家族で遊ぼうと随分前から心に決めていたのでした。

息子が5歳になり、簡単なルールのトランプなら遊べるようになったので、ちょっと早いかもしれないと感じながらも思い切ってカタンを購入したが今年の話です。

息子の特徴

さて、うちの息子ですが、発達障害の傾向があると一口に言ってもいろいろなタイプがあります。ADHDと呼ばれるようなものやアスペルガー症候群のようなケースもありますが、うちの息子の場合はというとこんな感じです。

彼にとって難しいこと

気持ちの切り替え

何かに自分が取り組んでいる時、例えば終わりの時間が迫っていても、気持ちを切り替えてストップすることができない。

待つこと

自分の順番を待つことが難しい。誰かの後に自分の順番がくるということが分かりにくく、我慢がなかなかできない。

特定のことに執着しないこと

例えば自動販売機やトイレなど、特定のものに関心が強くその気持ちを抑えることが難しい。

自分で何かを決めること

たとえばおやつを家族で食べるとき、味が2種類から選べるとしても、自分で決断して選べない。

彼にとって簡単なこと

文字を読むこと

ひらがな、カタカナ、身近な漢字(雨、駅、道路、組などなど)、アルファベットは読めるし意味も分かる。

機械の操作をすること

テレビのメニューから字幕のオンオフ設定や、予約録画設定などはすぐに覚える。

日付を覚えること

何ヶ月も前に遊びにいった場所の話をすると、すぐに日付を言い当てる。

このような具合で、できることはかなりよくできる一方で、苦手なことはなかなかうまくいかないというタイプの子どもです。

カタンを取り入れて最初の1週間

カードを取る作業にこだわる

さて、カタンが我が家に届いて最初の日、一番ワクワクしていたのは私でした笑。でも息子も「カタンっていう新しいゲームやりたい?」と聞くと「やりたいっ!」といって、彼も上機嫌でゲームに乗ってきました。

カタンを遊ぶにあたって、まず息子が食いついたのは、「サイコロを振って出た目に合わせてカードを取る」という作業です。

カタンの一つの特徴は、自分が置いた陣地の種類によって異なるカードをそれぞれが山から採っていくことと、

自分がサイコロを振った時でなくてもカードを取れることです。そのため、頻繁にカードを取る作業が発生する上に、その都度異なるカードを取る必要があるので、案外忙しいのです。

息子はこの「カードを取る」という行為に大いにハマりました。あまりにも楽しいので、全員のカードを取って配る役目をやりたいと言い、一生懸命取り組んでいました。サイコロを誰かが振るたびに「木と、石と、麦がお母さんね!」と言いながらカードを取っては配るので、画像を認識したり手先を動かしたりするいい練習にもなったようです。

ちなみにカタンでは、6種類のカードを使いますが、そのうちの5種類は資源カードと言って、陣地を広げるために使用するものになっています。

  • 木材:深緑のカードです。我が家では「木」と呼んでいます。
  • 穀物:黄色のカードです。我が家では「小麦」と呼んでいます。
  • 羊皮:浅い緑のカードです。我が家では「羊」と呼んでいます。
  • 粘土:茶色のカードです。我が家では「レンガ」と呼んでいます。
  • 鉱石:灰色のカードです。我が家では「石」と呼んでいます。
カタンの開拓者たちのカード

5種類のパネルとカードがあります

これに加えて発展カードという特殊なカードを用いて遊びます。

写真の六角形のパネルがマップを構成していて、このマップの色とカードの色が対応しています。例えば深緑のパネルの陣地を持っていれば、同じ色の「木」のカードをとることになるのです。このようなルールが、息子の認識力の向上にも役立ったようにも感じます。

その一方で、問題になったのは息子の「自分がカードを取りたい」という思いが強すぎたことです。

本当に彼にとってカードを取って配ることが楽しかったのだと思いますが、同時に自分の役目だと思ってそれを手放したくなくなってしまったとも言えます。

そのため、やがて私が自分でカードを取ろうとすると癇癪を起こすようにもなりました。やりたいことをやれないことが全く我慢できない状態になり、ここからしばらくは抜け出せない状態が続きました。

「自分の番」や「カードが貯まる」のを待てない

また、始めてしばらくは、自分がサイコロを振る順番を待つのがかなり難しいようでした。

自分が一度サイコロを振ったら、次は自分ではないことは彼も分かっています。しかし3人で遊んでいるのであれば、自分が終わったら次の人がサイコロを振って、その次もまた自分の番に戻ってくるものと勘違いしてしまうのです。しかし3人目がいるので、息子の番ではないことを伝えると、その都度大きくがっかりして、深く嘆くのです。

サイコロをふる順番が分かっていないこともさることながら、自分がどんどんやりたいという気持ちを抑えるのが難しい様子でした。

また、カードが貯まるまで待つのも難しい様子でした。

カタンでは自分のやるべきことの見通しを立てて、その目的に合わせてカードを使わず貯めておかなければならない場面が必ずやってきます。これは大人でも判断が難しいことではあるのですが、息子にとってもやはり相当難しいことのようでした。

つまり、陣地を広げるためにとっておくべきカードを、どうしても我慢できずに別のことに使ってしまうのです。例えば石と小麦と羊に3枚で発展カードという特殊なカードに交換できるのですが、勝つためには我慢してこの先で必要になるカードを手元に置いておく必要があるのに、待つことができずに発展カードに交換してしまうのです。

その結果、陣地を広げることができずに後半で苦労していることがよくありました。

とにかく当初の息子にとっての大きな課題は「待てないし我慢できない」ことで、克服するのは簡単ではありませんでした。

自分で行動を決められない

自分で何かを決めることも、初めのうちは難しいようでした。

カタンは最初のターンでサイコロの目によって順番に陣地を選ぶところからゲームが始まります。

基本的にはどこでも陣地を選べるのですが、どうしても自分で選ばずに私たちに選んでほしいというのです。

それでは面白くないので頑張って自分で選ぶように言い聞かせますが、なかなか選べず、最後には癇癪を起こします。

思い切って決めてやってみる、ということができずに、本人も苦労していました。

また、陣地だけでなく赤、青、白、オレンジの4色の中から自分の駒の色を決める必要があるのですが、これもなかなか決められませんでした。最初に「僕は赤がいい」といったものの、私が「じゃあ青にする」というと、「やっぱり僕も青がいい!」となって、延々決められません。このようにあらゆる点で自分で決定することが難しいようでした。

そのくせ勝つことに異常なまでに執着する

これはどの子どもでも同じかもしれませんが、まだまだ難しいことがたくさんあるのに、尋常ではないほどに勝つことに執着するのです。大人に対して「手を抜いてでもいいから勝たせて欲しい」とお願いしてくるほどです。

我が家では夜寝る前にカタンで遊ぶことが多いので、カタンで負けてしまって癇癪を起こして彼が寝られなくなってしまってはたいへんです。ですから、最初のうちはわざと負けてやったりだとか、とても追いつけないようなハンデを大人が持つことによって、なんとかしのいでいました。

 

3ヶ月経った今の状態

さて、それから3ヶ月が経ちました。週に2回から3回程度、毎週息子と私たち夫婦と3人でカタンで遊んでいます。すると、冒頭でも書いたように少しずつ息子の様子が変わってきたのです。

執着心が落ち着いてきた

はじめのうちは、例えば「全員のカードを自分でとること」にこだわっていた息子ですが、最近では自分のカード以外は取らなくても気にしないようになってきました。私がサイコロを振って自分のカードは自分で取ったとしても、全く気にしません。それよりも、自分がどのように戦うかを一生懸命に考えるようになってきました。

また、勝ち負けにもまだまだこだわりますが、「勝つこともあれば負けることもある」ということがわかってきたようです。以前であれば、自分が負けるとものすごく落ち込んだり文句を言ったりと、なかなか気持ちを切り替えることができませんでしたが、そのようなことが明らかに減ってきたのです。今では「あーあ、負けちゃったよー」と残念がりますが、それでもぐっとこらえていられることがかなり増えてきています。

ゲームを通じて、運の要素もあるし、自分のやり方がうまければ勝てるし、反対に立ち回りが下手なら負けるということが少しずつ飲み込めてきたからなのではないかと思います。

自分のターンを待てる

順番の認識も今までよりもかなりはっきりと持てるようになりました。

自分の次はお父さんで、その次がお母さん。自分の番はその次だ、ということを明確に認識して、私たちがサイコロを振るのをしっかりと見て、その結果に合わせて自分がとるべきカードをとる。そして次の動きを考える、というようなことができるようになってきたのです。

カタンが、自分がサイコロを振ったとき以外にもすることがあるというゲームなので、その面でも良かったのかもしれません。例えば普通のすごろくなら、サイコロを振った人以外は待っているだけになってしまいます。

しかしカタンは自分以外がサイコロを振ってもカードを取れるので、待つことに対するハードルが下がるのだと思います。

カードを蓄えて、次の行動に活かせる

さらに、自分がこの先にしたいことのために、自分が持っているカードを使わずに蓄えておくことができるようになりました。たとえば陣地を広げることを目標としたときに、「あとは羊があれば開拓地が作れるから、いまは発展はやめておこう!」と言って、それを使わずに我慢できるのです。

最初の頃は石と小麦と羊のカードが揃ったら「発展カードを引く!」といってカードを引き、最終的にはどんどん勝利しにくくなってしまうというケースばかりだったのが、だんだん「今はこのカードは使わずに取っておこうっと」といって、しばらく待って必要なカードがたまるのを待てるようになってきたことは本当に大きな変化です。

自分なりに先を見通す努力をしながら、それに必要な状況が出来るのを待つ、というなかなか難しいことができるようになってきたことを意味します。それを見て、かなり嬉しく思いました。

自分で考えて行動を決められる

最近では、自分で考えて行動を決定することもできるようになってきました。

例えば最初の色決めもスムーズです。「前回は赤だったから、今回は青にする」とか、自分なりの理由を考えて、その理由に合わせて色を決めるようになりました。彼自身が納得できる理由を作って、行動を決定することができるようになったのです。折り合いをつけたり、理屈を作って行動を考えられるようになったことは、大きな成長です。

また、陣地決めも、より多くカードがもらえるエリアに陣地を優先的に作ったり、さらには特定のカードが出やすい陣地を取ったのでその条件を活用できるような交易エリアに二つ目の陣地をとる、といった戦術を考えながらの遊びもできるようになりました。

これは、私たち親の行動を見て真似ることでできるようになったのかもしれません。例えば前回のプレイで息子が負けて私が勝利したとすると、そのときの私の遊び方を思い出して、次回から同じような戦い方をする、というような工夫が見られたのです。

自分なりに過去の経験から学んで、その学びを基本にして自分の行動を決定するという行動ができるようになったことも、本当に大きな変化であり、私たちにとっては喜びでした。

カタンを通じての今後の彼の変化に期待

まだカタンを遊びに取り入れて3ヶ月ですが、このように息子が苦手だったことがカタンの中での話ですが、少しずつできるようになっていくのを見るのは、本当に嬉しいものでした。

うちの息子の場合は、ルールを覚えたり、複雑な機械の操作をしたりすることは得意だったので、カタンのようなボードゲームで遊ぶのがたまたまぴったりだったのかもしれません。

しかし似たような傾向のあるお子さんがいらっしゃる家庭では、カタンやその他のようなボードゲームを家庭での遊びを取り入れてみると、意外な収穫があるかもしれません。

これからもしばらく継続的にカタンで我が家でも遊んでみて、変化が見られたら更新したいと思います。

電車でヒールに踏まれたらどうする?反応をグループ分けしてみました。

この間、電車に乗っていたら少し車両が揺れまして、後ろに立っていた女性のピンヒールで足を踏まれました。

踏まれたのは、ちょうど私が降りる駅の手前でした。かなり強く踏まれたのですが、どうやらその女性は私の足を踏んだことに気づいていないらしく、後ろで私が痛がる声をあげてもイヤホンのせいか気づきません。一言言おうかとも思いましたが、もう降りる駅なので、仕方なくそのまま電車を降りたのですが、なんだかモヤモヤしたのです。

みんなはどうしてるの?

さて、私はヒールに踏まれるのが初めてだったのですが、これってきっとあるあるなんだろうなと思って調べてみたところ、やはり同じ経験をした人がたくさん出て来ました。

そこで、ヒールに踏まれて痛い思いをした時に、皆さんがどのように反応し、どのように対応したかを調べてみます。

何も言えなかった人々

かなり目立つのは、踏まれて痛かったし不愉快だったけど何も言えなかった、という声です。私の場合とほぼ同じですね。

ヒールで踏まれた時、どうしますか?

革靴を履いていた時に、ピンヒールで踏まれたことがあります。それでも結構痛かったです。相手は「あっ」って顔をしましたが、謝罪一切なし。その時、自分は若かったので何も言えませんでした。

足を踏んで謝らない神経の持ち主

そんなに混んでない電車に慌てて乗り込んできた女性にヒールで思いっきり足を踏まれました。私はミュールを履いていたので、裸足のつま先をもろにものすごい力で踏まれました。

私はあまりの痛さに「痛い!」と声をあげ、女性の方を見ると女性はわざと目をそらし、そ知らぬ顔をし通しました。

電車で足を踏まれました…

(27歳女性)は入り口近くの席に座っており、近くに男女二人(学生)が立っていました。発車の瞬間、揺れで女の子がよろけ私の足を思いっきり踏みました。かかとのしっかりしたローファーだった為(踏まれた後確認)かなり痛く「イっっ()」と思わず言ってしまうほどでした。しかし女の子は気にもせず男の子と会話を続けていました。(踏んだことは分かっているようでちらりと見られましたが)
「あれ、こういった場合は普通、わざとでなくても一声かけるものでは?」と悶々と考えているうちに二人は下りていきました。

そうなんですよね。踏まれたら痛いし不愉快なのですけれど、相手が謝ってさえくれればそれで済む話もあります。

しかし、なかなか謝ってもらえないものなのですね。というか、踏んだことに気づいていない場合も結構ありそうな気がします。

それで結局は何も言えずそのままにしてしまい、後でモヤモヤが残ってしまうのですね。

 

ケガをした人々

つづいては、シャレにならないやつで、踏まれたらケガをしたという人たちです。

私もかなり痛かったものの怪我まではいきませんでした。しかしそれはただ運が良かっただけのようで、出血はもちろん、ひどい場合では骨折してしまった人たちがたくさんいるのです。

「満員電車はハイヒール禁止にして」 千原ジュニア「踏まれ骨折」でネット沸騰

お笑いコンビ「千原兄弟」の千原ジュニアさんが駅でハイヒールの女性に足を踏まれ、左足小指を骨折した。踏まれた経験がある人は少なくないようで、このニュースを機にインターネットでは、「満員電車でハイヒール禁止にして」といった意見も飛び交っている。

ヒールで足の指を踏まれて骨折。かなり足がえぐれて黒くなり、腐って切断しなければいけないかもと言われた…

学生の頃、電車でヒールで踏まれた運悪く指を踏まれたんだけど、骨が砕けるように複雑な骨折をしていた上にかなり足がえぐれてた
それから学校に行く前に病院によってから登校する生活になった

踏んできた人に怒った、または注意した人々

踏まれた時に踏んだ人に対しては怒ったり、注意したりする人って結構多いのかなあと思っていたのですが・・・実はどうやら少なそうです。

残念ながら「踏まれたら必ず注意します!」といった人の声は見つけられませんでした。

踏まれれば痛いですし、それで謝られなければ腹は立つものの、相手がどんな人かもわかりませんし電車の中でもあるため結局は文句を言えない・・・という人が多いからかもしれません。

 

関係ない人が謝って来た人

ちょっとイレギュラーな例ですが、踏まれた人と踏んだ人が争っていると、他の人が割って入ってきて勝手に謝ってきた、という例もあるようです。

静かな車両で足を踏んだ踏まないの言い合いを収めた人が使った上級スキルがすごい

静かな車両で「足踏んだでしょ!」「踏んでないです!」って大きめの声が響いて。ちょっともめてたんだけど、「踏んだの、私かもですぅ~ごめんなさい!」「踏んでないですもんねぇ、謝れませんよねぇ、すいません、私かもですぅ~」って、言った人がいて収まってた。上級スキルだなぁ。

これは上級者の仕業ですね!出会ってみたいものです。

 

踏んだ時の対応のコツ

反対に踏んだ時にどのように対処すべきかについて書かれた記事もありました。

相手や踏んだケース別に面白く書いてあります。ギャグっぽくもありますが、これでなかなか参考になりそうです。

電車で他人の足を踏んだ時

まずは声の大きさ。小さすぎても駄目、大きすぎても駄目。理想は通常よりもやや低めの抑えた声。場所柄を考えれば分かると思うが非常に多くの人々がいる中で小さすぎては聞こえないし、大きすぎては周りをビックリさせてしまって迷惑である。また相手が分からない場合は通常の声のトーンでちょうどいいだろう。

怖い人
このような相手にぶち当たったらもう、災難としか言いようがないと思うだろう。しかし逆である。こういう方々も実は、足を踏まれた程度の事をわざわざ大きな問題に発展させたいとは思っていないものである。ただし、けじめというものにこだわる傾向があるので、とにもかくにもまずは誠意を持って謝らなければならない。謝りさえすればさほど根には持たないし何事もなく終わることが多いであろう。ただし、怖がって黙りこんではならないし、開き直って好戦的な態度をとろうものならばすぐさま撃沈させられるので注意しよう。

弁護士の見解

最後に踏まれた時の対応として、弁護士先生の見解をご紹介。

【これが正解】「足を踏まれたら?」「絡まれたら?」電車トラブルの最適な対処法を弁護士が解説

とりあえずヒールを履く人には十分気をつけていただきつつ、周りの人も踏まれないようにしっかり気をつけておく必要があるなあと思いました。

有吉弘行が嫌われない理由と、彼から学ぶべきセルフブランディング力とは?

テレビをつけると、毎日のように出ているタレントの一人が有吉弘行です。司会としてもゲストとしてもたくさん露出して、それぞれの番組で大活躍です。

彼がどうして嫌われずに人気者でいられるのか。そしてそこから私たちは何を学べるのかについて、考えてみたいと思います。

 

有吉弘行は人のことを悪く言っても嫌われない

有吉弘行は、普通の人が考えもなく言ってしまうと絶対に嫌われてしまいそうなことをどんどん発言します。共演者についてもそうですし、同じ業界で働く人もそうですし、視聴者についても悪く言います。

それでも彼は嫌われません。

視聴者のことを悪く言っていない、と思わせている

彼の発言を聞いていると、視聴者の層にかなり合わせて言うことを細かく調整しているようです。その発言がその場に適しているかを相当吟味して発言しているように思えます。

たとえば、「ブレイクするっていうのはバカに見つかるってこと」という発言。これは彼があだ名芸で再びブレイクしたときのことを指して言うセンテンスです。

頻繁に発している言葉のように感じますが、実はたいていの場合は10時以降の番組でのみ使っています。特に「アメトーーク」や「怒り新党」「かりそめ天国」のような番組です。

これらの番組を好む視聴者の特徴は「自分自身を『分かっている視聴者』だと思っている視聴者」が多いであろうことです。7時台の番組が好きな人とは自分はいい意味で少し違っている、と思い込むタイプです。

そういう人たちが見ている番組なので、そのような視聴者は「今ここで有吉が言っているバカな視聴者というのは、この番組を見ている私のことではないはず。なぜなら私はいい意味で違っている視聴者だから」という前提のもとで番組を見ていることになります。

そして有吉自身もそのように視聴者が考えることを、分かって発言していると私は思います。

しかし当然ながら、実際にはここで言っている「バカ」には、ほとんどすべての視聴者が含まれているはずです。ですから聞いている視聴者はただ有吉に騙されている形になるわけですが、どういうわけか私たちは「有吉は私のことをバカにしているのではなくて他の人たちをバカにして言っている」と誤って認識してしまうのです。

加えてそのように誤って認識してしまうのは、面と向かって相手のことを悪くいう人はいない、という前提認識を私たちが持っているからでもあります。

せっかく好きで見てくれている視聴者をバカにするようなことはないはずだと思って見ているので、自分は大丈夫と勘違いしてしまうのです。

自分の弱みをさらけ出しておく

もう1つ重要なのは、彼が頻繁に自分の弱点を晒し出すようにしていることです。

電波少年で大ブレイクした後で売れない日々が続く地獄を見た、ということを強調するのも、私は裕福ではない生活を知っている人間で、一般の皆さんと同じかそれ以下です、というメッセージを送っていることに繋がります。

また、自分には文化的な素養がないという内容のことも頻繁に言います。これも同じような狙いでしょう。

さらにはコミュニケーションを取るのが苦手だとか、その他の人間としてダメと見られがちなところをとにかくたくさん外に見せます。

結果として、視聴者と同じ側の人間だ、もしくはもっと下に位置付けてもいいかもしれない、と視聴者に錯覚させるのです。

その結果、多少過激なことを言ったとしても、視聴者は許せてしまうのです。そしてそのために、彼のことを嫌いになったりしないのです。

もちろん、彼は誰がどう見ても成功者です。金銭面でもステータス面でも、多くの面で普通の人は到底かないません。それは明白ですが、そうであったとしても「部分的には同レベルあるいは格下な面がある(と感じられる)」ことが、有吉のことを許させてしまうのだと思います。

笑顔でハッキリとよく笑う

最後に、彼の見た目や仕草についても触れなければなりません。有吉の最強の武器は、あの笑顔だと思います。

むちゃくちゃ攻撃的なことを言い放った後でも、子供のようないたずらっぽい笑顔をはっきり見せるので、見ている側もなんとなく許せてしまうのです。

人は見た目が何割みたいなことを言いますが、まさに有吉はその強みをかなり大きく生かしています。何をしても最終的には笑顔で全部無かったことにできるほどのパワーを持っていますから、確かに使わない手はないでしょう。

私たちは何を学べるのか

有吉の行動を考えてみると、ポイントは次のようなことになると思われます。

  • 同類だと思わせる
  • 同レベルまたは格下な面があると感じさせる
  • しっかりと笑って見せる

1つ目の「同類だと思わせる」ことは、相手に好感を持たれる上で非常に効果的だと思います。

何かについて似たような考えを持っているとか、あるいは似たようなものが好きであったひ嫌いであったりする、ということを見つけることによって、個人個人に対して自分というブランドを高めていくことにつながるはずです。

2つ目の「同レベルまたは格下な面があると感じさせる」は、自分に自信があったりかなり余裕があったりしなければ難しいことですが、こちらも効果的です。

全てにおいて完璧な人は反感を持たれたり近寄りがたかったりするものです。

あえて弱い面やダメな面を部分的に見せておくことが、かえって自分のブランドを高めてくれる可能性があります。

最後の「しっかりと笑って見せる」も大切です。

有吉と同じレベルの笑顔で笑うことは真似できませんが、相手が言った冗談などに対してきちんと笑って見せることは好感につながります。

下品にならず、でもはっきり分かるように笑顔を見せるということは、私たちにも真似られる部分ですし、ブランドを高める上で極めて効果的な方法だと思います。

有吉弘行を真似て好感を得よう

すぐには真似できないかもしれませんが、多くの人から好かれる有吉弘行の行動を参考にすることによって、自分の評価を変えられるかもしれません。

私もトライしてみたいと思います!

スタンプやハンコで年賀状を作って、忙しい年末の時間を有効に使う

年賀状の季節が近づきましたね。毎年年賀状の準備はギリギリになるという怠け者のあなた!

私も同じです笑!いつも駆け込みで深夜にポストに投函しにいっています。

それにしても、なぜ未だに年賀状なのでしょうね。ソーシャルメディアが大人気で、個別のコミュニケーションもLINEでとるのか当たり前の世の中に、どうしてハガキを送らなければならないのかと毎年思います。

そして毎年思っていても、なんだかんだで結局送ることにしてしまうのが不思議です。

しばらく前から年賀状を送る枚数を減らすチャレンジをしていて、なんとか20枚まで減らすことができたのですが、最後に残ったのはなんとなくやめにくい相手ばかりで、どうしてもこれ以上は減らすことができそうにありません。そこで昨年からは覚悟を決めて、無理に減らそうとはせずに20枚は送ると決めています。

ところで、私は家が狭いです。そのため無駄な家電を減らす暮らしをしております。年賀状のためだけにプリンターを持つのもバカらしいため、しばらく前からプリンターを家に置いておりません。そこで困るのが年一回の年賀状作りです。

プリンターを持っていなくても、ネットプリントなどで印刷することも可能ですが、なにしろ毎年準備を始めるのがギリギリなのでネットプリントには間に合いません。

かといって、全部手書きもさすがにめんどくさい。

場所をとらずに手書きよりも楽で、時間をかけずに年賀状を作る方法を考えた結果、しばらく前から気になっていたスタンプを年賀状に導入することにしました。

超スモールスタートの年賀状スタンプ

スタンプを導入することに決めたものの、スタンプを使うことによって年賀状作りを簡単にできるかどうかはやってみるまでわかりません。そこで我が家では超スモールスタートしてみることにしました。

購入するスタンプは極力少なくして、2つだけ。しかも、そのときにいくつか方針を決めました。

  • 毎年、誰に対しても使えるものを買う
  • トーンは甘くもなく、かといってクールすぎるわけでもない中道を目指す
  • シンプルな構成にしてできるだけ野暮ったく見えないようにする

これら3点を大きな方針にした上で、スタンプを選びました。

ネットで買うことも考えましたが、まずは実物を見ようということ、なにしろ時間がないこともあって東急ハンズで購入することにしました。

購入することにしたのは、この2種類です。

  1. 主役のスタンプ
  2. ワンポイントの飾りに使う脇役スタンプ

主役のスタンプ

年賀状の主役となるスタンプです。求められるのは「王道」です。

主張がありながらも、うるさくないデザインのものです。そしてなにより、ある程度大きい!ということ。小さいとメインにはなりにくいので。

この条件を満たすものとして、私は文字系のスタンプに候補を絞りました。主に候補になったのは次のようなスタンプです。

あけましておめでとう系

超王道でありながら、書体によって大人っぽくも親しみやすくもなれるできる奴です。

使い勝手もクオリティーも最高ですし、なにしろ選択肢が多いので選びやすいです。

一点課題があるとすれば、ひらがななのでちょっとかわいくなりすぎるところでしょうか。

それでも選ぶ理由のある優秀なキャラクターですね!

Happy New Year

横文字の王道、Happy New Year系です。

強みはポップになることです。堅苦しくない雰囲気を出すことができますね。そして弱みはというと、これも同じくポップになってしまうことです笑

横文字タイプは送る相手を選びますから、用途は狭くなります。世話になった人で、かなり目上の人だから年賀状を送っている、という人が相手なら私なら使うのを避けます。

汎用性が低いので私は選びませんでした。

四字熟語系

漢字の王道、四字熟語系です。

遊びが少ないですね笑 だがそれがいい!一定の年齢以上ではないとしっくりこないかもしれませんが、そこさえクリアすれば万能な超優秀キャラクターになります。

誰に対しても使えるし、クセもないので私はこれを我が家の主役スタンプに選びました。

問題は何の四字熟語にするかです。謹賀新年もいいのですが、若干硬い。そこで「新春来福」なるあまり見たことのないものを選ぶことにしました。

これでメインとなる主役スタンプが決まりました。続いては、脇役スタンプです。

ワンポイントの飾りに使う脇役スタンプ

主役だけではちょっとハガキの構成的にしんどいので、背景的に飾りに使える脇役スタンプがあると便利です。

いろいろなものがありますが、私が選んだのはひょうたん型の「年賀」スタンプです。

(これはちょっと形が違いますが・・・)

「年賀」スタンプは、おそらく本来は年賀状ではないタイプのハガキの切手の下にスタンプを押して、「年賀状ですよ」とわかるようにするためのものなのだと思いますが、あまりよくわかっていなくて私は違う使い方をしてしまいました。

まあ、これでもいいかなと思って、そのまま出してしまいました。改めて見てみると、そんなに悪くはないかと思います。

というわけで、昨年送った年賀状です。

年賀状

スタンプで作った年賀状です。文字はダミーです。

スーパーシンプルですね。寂しすぎるようにも思いますが、とにかくたいへん楽でした。

メインのスタンプの右下に書いてある西暦は手書きしました。これくらいならあっという間に終わります。

それほどのクオリティーを求めるわけでもなく、簡単に楽に手早く年賀状を作って終わらせたい!という方には、スタンプで作る年賀状、おすすめです!

説明が苦手な人も、話の順番に気をつければ分かりやすく話せます

相手に納得してもらったり意見をもらったりするために、何かについての説明をしなければならないことがありますよね。そんな時、説明が上手い人と下手な人に結構はっきりと別れます。

この人はちょっと説明がわかりにくいなあと感じる時は、多くの場合話をする順番が適切ではなくて、聞き手が理解しやすい流れで説明できていないことが多いと感じます。

例えばこんな感じです。

「ちょっと意見を聞かせて欲しいのですが、今いいですか?この先っぽの部分なんですけど、どんな色にするのがいいと思いますか?」

説明1

「先っぽというのはこの線で囲われた部分ですか?これって何の先っぽですか?」

「これは、左手の小指の部分です。ここって、何色がいいと思いますか?」

説明2

「ああ、指だったんですね。なるほど。であれば、淡いピンクとかがいいのではありませんか?」

「ピンクですか。うーん。」

「ピンクはだめですか?」

「だめではないんですけど胴体の部分はオレンジにしようかと思っているので、合うかなあと思って。」

説明3

「え、胴体は魚だったのですか⁈ その前提が分かっていませんでした。まあそれでもピンクでも大丈夫なのではないでしょうか。」

「なるほど、そうかもしれませんね。ありがとうございます。あ、でも・・・」

「何かまだ不安がありますか?」

「はい、このしっぽのドローン部分がシルバーになる予定なので、そこと合うかが今度は気になりはじめまして・・・」

説明4

「え、しっぽがドローンになっているんですか!!!それも知りませんでした。まあ、しっぽがドローンでそこがシルバーだったとしても、ツメの部分はピンクでも大丈夫なのではないでしょうか。」

「そうですね、そうかもしれません。ありがとうございます。あっ・・・」

「まだ何か心配ですか?」

「これはセレブ向けの美容器具なのです。だから、爪はピンクよりももう少し落ち着いた色の方がぴったりなのではないかと思いまして。」

説明5

「セレブ向けの・・・・・・えっ?」

悲劇ですね。

この説明者は「セレブ向けの美容器具を作ろうとしている」という極めて重要な背景情報が共有される前に、ものすごく細かい質問を投げかけてしまいました。前提が共有されていないので、回答する側は「この先っぽというのは何の先っぽなのですか?」と聞き返さなくてはならなくなってしまいました。また、全体像が分かっていなかったので、回答した「ピンク」が適切なのかどうかは最後まで分からない状態でした。

では、先ほどの会話が全体像の説明から始まっていたらどのような流れになったでしょうか?

「ちょっと意見を聞かせて欲しいのですが今いいですか?セレブ向けの美容器具を開発していまして、そのデザインについてお聞きしたいのです。こちらです。」

説明5

「なるほど。」

「美顔マッサージを行える人間の手を模したパーツを持った魚のフィギュアのしっぽがドローンになっていて、この器具全体が顔の高さまで浮き上がります。そして浮かんだまま顔をマッサージできるという製品なのですけれども、このツメの部分を何色にすれば良いか悩んでいるのです。何色がいいと思いますか?」

「マッサージを行うなら健康的な色がいいと思うので、淡いピンクにするのがいいと思います。」

「健康的な色。確かにそうですね。」

「でもそもそも、美容器具が魚のフィギュアである必要はないですし、またドローンで飛ばす必要もないように感じます。もう少し立ち戻って考えて頂くのがよいと思います。」

いかがでしょうか。今度は全体像から説明したことで、相手の理解が深まった状態で意見を確認することができました。器具の狙いも伝えたので、「健康的な色がいいからピンクがいい」という理由を含めた回答が得られました。

しかも、全体像から話し始めたので「そもそも基本的な部分にも問題があるのではないか」というフィードバックも引き出すことができました。

説明を行って意見を引き出す場合には、相手がどこまでその背景を知っているかを分かっていなければなりません。その上で、相手に知っておいてもらうべき情報を背景や全体像など、少し引いた目で見たときの情報からまず伝えて、そこから徐々にポイントに近づいていくことが大切です。

こうすることによって、より的確な情報を開いてから引き出せますし、しかもコミュニケーションに不必要な時間をかけたり、無駄なストレスを双方に感じなくてもよくなります。

特に注意が必要なのは、お互いにある程度の背景を知っていると思っている相手に説明するときです。以前情報共有をしたので相手も知っているはずと思い込んで、背景などを話さずに説明を始めると、実は相手は全体像をよく覚えていなかったというのはよくある話です。日常生活でも、ビジネスでも、気をつけたいところですね。

「下戸な奴こそウイスキーを頼め」と、超下戸な父は言った

下戸の皆さんこんにちは、ペパローです。

飲めない人が飲まないと許してもらえない系の飲み会に参加すると、つらいですよねー。飲めないって言ってるのに「あれ、飲まないのぉ?」とか言ってくる、いわゆるアルハラはまだ絶滅せずにしぶとく残ってます。

飲み会は遠慮なくバシバシと断る私なので、最近でこそ飲み会にも誘われなくなって平和な日々を過ごしていますが、かつては飲まなければ話にならない飲み会に出るときにはつらい思いをしていました。

私よりもずっと下戸な父親の知恵

ところで私の父も下戸です。アルコールを消化できるかどうかは遺伝によるところが大きいのでしょうが、彼は私よりもずっと酒には弱くて、どのくらい弱いかと言うと奈良漬を一切れ食べただけで倒れてしまうくらいに弱いです。

そんな父が若い頃は、今とは比べものにならはないほど仕事での飲み会は大事だったそうです。飲みニケーション全盛で、昼は仕事、夜は酒と頑張って初めて男という感じだったのでしょう。

ところが彼は奈良漬が食べられないほどに酒が飲めない。あーあ、「酒が飲めたらなあ」と他の人に聞こえるほどの声で独り言を発したのを何度も聞きました。

でも、父は飲めないながらも頻繁に飲み会に参加し、そこで楽しく過ごして会社でもきちんと認められる存在になっていたようです。下戸は遺伝しなくてよかったんですが、その社交性は欲しかったというぼやきもありつつも、私は彼にどうやってうまくやり過ごしているのか聞いたことがあります。
すると父は、こう答えました。

「例えばビールを頼んだとする。すると、ビールはどんどんグラスを開けるのが当たり前の飲み物だし、若手もベテランもビールの状況を確認するのが習慣になっているから、飲んでなければすぐバレる。それになんとか頑張って一杯開けたとしたら、すぐに注ぎにくるやつが出てくる。弱いから結構ですと伝えても、まあまあもう一杯と勧めてくるやつは必ずいる。だからといってウーロン茶では許してもらえないことも頻繁にある。」

さらに彼は続けます。

「若いうちは飲まない代わりに食べまくるという手もあったが、体にもよくないし歳を重ねるとそんなに食べられなくなってくる。結局何かアルコールを頼まなければならない。だから俺はしばらく前からウイスキーを頼むことにしている。なぜならもう一杯どうですかと勧められないし、グラスが空いてなくてもみんな気にしないからだ。だからブランデーでもなんでもいいが、変に話が膨らんでも面倒だ。オーソドックスなもののほうがいい。そこでウイスキーだ。頼んだウイスキーを、口をつけるふりをして握っておくんだよ。ついでにチェイサーも頼んどけばさらにいい。

ウイスキーが空いてないのに、勧めてくるやつはそういない。勧めてくるならそんなやつはあんまり賢くないから放っておいても支障はない」

なるほどー、と私は唸ったのを覚えています。飲めないから弱い酒を頼もうとするのではなく、ゆっくり飲むタイプの酒を注文しておいてしかもそれを飲まない。なかなか策士だなと我が父ながら思ったものです。

最近では無理やり酒を飲まされることが少なくはなってきましたが、それでも飲まなけれならない雰囲気になることはあると思います。そんな時は、ウイスキーを頼んでそれを飲まずに持っておくという手もあると知っておくと、すこし安心かもしれませんね。

 

あえて「気が利かない断り方」で飲み会に誘われない人になる!

こんにちは、ペパローです。

飲み会に誘われるのは嫌いですか?では、どんどん飲み会を断りましょう。気乗りのしない飲み会に行っても、役立つコミュニケーションはできません。嫌ならきっぱり飲み会に行くのをやめて、自分のために使える時間を増やしたほうが人生が楽になります!

すたすた帰る様子

誘われたくないなら、むしろ「気の利いてない断り方」を選ぶ

「飲み会に誘われてるけど、どうやって断ろう・・・」と悩んだ結果、とても気の利いた素敵な断り方を見つけてしまっていませんか?その一回はいいですが、感じのいい断り方をしていると、あの人は飲み会のことが嫌いなわけではないとあらぬ勘違いをされてしまって、そのあとも飲み会に誘われてしまいます。

飲み会に誘われたくないのなら、むしろ感じのいい気の利いた断り方をやめましょう。気の利いてない断り方を続けることで、飲み会に誘われにくくなるようになってきます。

おすすめの断り方1:毎回同じ理由で断る

一つ目のおすすめの断り方はこれです。「毎回同じ断り方をする」です。

理由はできるだけ単純なものがいいですね。例えば「ちょっと家族の調子が悪くて、今日早く帰らなければならないんです」とか、どうでしょうか。そんな理由で大丈夫なのと思うかもしれませんが大丈夫です。これぐらいシンプルな理由のほうがパワーがあります。

そしてこのパワーのある理由が23回と続くにつれて、「前もそんな理由じゃなかったっけ?」と覚えてもらえて、飲み会に来る気がないという真の心を感じ取ってもらえます。でありながら、ここでシンプルな理由を使うことが効いてきます。何回も続くなら嘘っぽく感じますが、でも単純な理由なのでありえそうな気もしてくるのです。

そうなると、本当か嘘かはわからないけど毎回あの人は同じ理由で断ってくるからもう誘うのはやめよう・・・という気持ちに相手もなってきます。本当かもしれない感じを演出しつつ誘われなくなるためには、「単純な理由」を「繰り返し使う」ことが大事です。

おすすめの断り方2:理由を言わずに断る

続いてのおすすめの断り方は「理由を言わずに断る」です。これはかなり効果的です。続けて理由を言わずに断っていれば、どんな方でもこの人は飲みに行きたくないんだなと伝わります。

具体的にはどのように断るかというと、「あ、すみません、今日はちょっと・・・」と言えばいいです。ちょっとどうしたの?と聞かれたら、重ねて「ええ、本当今日はダメなんですよね・・・。すみません!」と続けます。これだけです!今日はダメであるというピンポイントなメッセージだけを伝えることで、もう誘っても意味ないなと思われたら勝利です。

注意すべきなのは「今日はちょっとダメなんですが、また次の機会にぜひっ!」とか適当かつ意味のない気遣いをしないことです。次の機会に行く気がないのでこれでは嘘になってしまいますし、そもそも次の機会に行くかもしれないのなら今回行ってしまった方がむしろ楽です。

誘われない人になるためには、中途半端な気遣いは不要であり、それよりも覚悟が必要である、というのがとても大切なポイントなのです!

おすめの断り方3:夜は飲みに行かないことをダイレクトに伝えて断る

案外これもおすすめです。「夜は飲みにいかない人である」ということを、直接的に伝えてしまう方法です。

例えば誘われた時、「すみません。私は夜は飲みに行かないことにしているんです。」と言います。超ダイレクトですが、にっこり笑っていえば、案外これで通せるものです。

なぜなら、こんなことをいう人は普通はいないからです。初めて聞いた理由を前に、誘った側も驚いて思わず受け入れてしまうのです。また、普通であれば言わないであろう「飲みに行かない人」であるという宣言をすることで、ちょっと普通じゃない人で少し違う世界や価値観の中で生きている人であるというイメージを作り上げることもできます。そうすると、明確に飲みに誘われにくくなってくるはずです。

ランチや会議の中でコミュニケーション

飲み会を断ることには大賛成ですが、私はコミュニケーションそのものについては否定しません。むしろ仕事を円滑に進めたり、関係を良好に保ったりするために、必要なコミュニケーションは積極的にとるべきだと思います。

ですから、飲み会を断っても、ランチの時間を使って定期的にコミュニケーションをとったり、もしくは会議を明るく楽しくしかも効果的・効率的に進めていくことで仕事そのものが良質なコミュニケーションの場になるように心がけることをおすすめします。

そうやって可能な限りフォローをしながらも、行きたくない飲み会は全て根こそぎ断りまくって、自分の時間を取り戻しましょう!

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飲み会をほぼ全て断って、私が手に入れた大切なものとは?

こんにちは、ペパローです。

私、飲み会が苦手です。お昼ご飯をみんなで食べたりするのは好きですし、コミュニケーションをとるのも嫌いではありませんが、飲み会となると途端に嫌になります。

仕事の付き合いだからとかつては無理して行っていた時期もありました。

しかしそれが終わって家に帰ってきて、思い出したいわけでもないのにその飲み会のことを思い出して、特に面白い話をしたわけでも聞いたわけでもないと無性に泣きたくなったりします。それくらい苦手です。

飲み会をガンガン断ります

社会人として、職場のコミュニケーションをとることには賛成です。

仕事を円滑に進めるために、仕事と直接関わらないコミュニケーションを取っておくと、やっぱり役に立ちます。でも、それってお昼ご飯や一緒に休憩したりするぐらいのことで私は十分だと思うのです。わざわざ夜の時間を使って、長時間一緒にいなくても仕事は円滑に回せます。

それに、もしも飲みに行かなければ仕事が回らないとか、出世できないとかいう環境であれば、それはそれで諦めたりとか他の環境に移るということも考えます。

それくらい、私は飲み会が嫌いです。

ですから、私はめちゃくちゃ飲み会を断ります。仕事を終えて帰るときに、たまたま同僚とタイミングが同じになって「ペパローさん、今日軽くどうですか?」なんて声をかけられても、「あー、ごめんなさい!今日はちょっとダメなんですよねー。残念です!」と理由にもならない理由を伝えて、断ります。

また、「来週あたり、飲みに行きません?」とか誘われたとしても、「あー、ごめんなさい!今ちょっと家族の調子があんまりよくなくて、家に早めに帰っておきたいんですよね。残念です!」と嘘をついてでも断ります。(ちなみにその時、家族にはこういう理由で行かなかったと伝えておきます。飲み会のことが苦手であると理解を得ているので、こういう理由で断ってきたことも理解してもらえています。)

そして、私は快適な夜の時間を得ました

私は頻繁に飲み会への誘いを断りました。そのうち明らかに嘘の理由で飲み会を断っていることも伝わるようになってきました。

それはわかっていましたが、それでも飲み会は断りました。

その結果、私は安心で快適な夜の時間を手に入れることができました。早く家に帰って、家族と一緒に食事をして、家族と一緒に話をして、家族と同じ時間に眠ります。

また、自分の興味のある本を読み、映画を見て、文章を書き、絵を描き、自由に時間を使います。

人間関係はたしかに人生にとって重要です。しかし全ての人間関係がその人にとって重要かはわかりません。例えば私にとっては家族との関係や、ごく少ない友人との関係は大事ですが、仕事仲間との関係はプライベートな時間においてまで重要なものではありません。

自分の時間は自分で掴み取るしかありません。そのためには、覚悟を決めて、飲み会を断ることも大切なのだと思います。

飲み会を断りまくると、人間関係に影響が出ます。

しかし飲み会を断りまくると、人間関係に影響は出ます。

誘ってくれた人からしたら、断られるのはいい気分ではありません。せっかく誘っても、毎回毎回ガンガンに断ってくるので、それは嫌な気分だろうとさすがにわかります。

でも、一方でもしそこで流されて飲みに行ってしまうと、こちらは楽しめずに辛い気持ちになってしまい、自宅に帰ってから泣きたい気持ちになるのも事実なのです。

ですから、問題はどちらを取るかです。

相手との関係性を大事にしたい、自分が少しぐらい辛くてもそちらを大切にしたい、と思えるのであれば、飲みに行けば良いです。そういう人はどんどん飲み会でのコミュニケーションをしましょう。きっと仕事にも役に立ちます。そういうコミュニケーションが好きな人は少なからずいますから。

反対に、行って辛い目にあう、ちょっとぐらい関係性が悪くなってもいいと思うくらい飲み会が苦手なら、逃げてもいいんです。その時間を使って何か他のことがしたいのであれば、あまりいろいろ考えずに、適当な理由をつけて断ってしまっていいのです。

自分を辛い目にあわせるために、時間を使う必要はないと思います。ムダだなーと思いながら無理に飲み会に付き合う必要はありません。自分が快適な方を選びましょう。自分の快適な生活は、自分の力でもぎ取るようにしましょう。

自分を大事にするために断るのだから、他人から大事にされなくなる覚悟が必要です

大切なのは、覚悟を決めることです。他人が自分から離れていってしまうかもしれないというリスクを理解した上で、断らなければなりません。

せっかく誘ってくれた飲み会を断るということは、相手のことよりも自分のことを大事にすることを意味します。

相手はあなたと楽しい時間を過ごそうとか、コミュニケーションを取ろうとか、そういう気持ちがあって飲みに誘ってくれています。それを、自分が嫌な気持ちにならないようにするために断るということは、つまり相手との楽しい時間(少なくとも相手はそう思っている)よりも、自分の快適な時間を選んだということなのです。

飲み会を断り続けると、他人から大事にされなくなる可能性があります。少なくとも、あの人を誘ってみようと思ってもらえる機会はどんどん減り、最終的にはきっとゼロになります。誘うたびに断るのですから当然です。

実際、私はかなり少ない回数しか飲みに誘われません。誘われても理由をつけて断るので、誘ってくる人は減るばかりです。

軽い気持ちで断るのはやめましょう。ちょっと今日は面倒だけど、その人とは長く付き合いたいと心底思っているのであれば、一緒に行けばいいです。

でも、心の底から飲み会が苦手で、そこに自分の時間を使いたくないと間違いなく言い切れるのであれば、義務感から飲みに行く必要などないと、理解しておくことも重要なのだと思います!

関係性のケアはしましょう

とは言っても、バランスは必要です。飲み会を断るからといって、人間関係に関して必ずしも超ハードボイルドな一匹狼になる必要はないのです。

日常の仕事の中で少し話をしたりだとか、時々ランチを一緒に行ったりだとか、会議の中で楽しく会話をしたりだとか、仕事を円滑に進めるための努力は「勤務時間中」にしっかりとやりましょう。

その上で、「勤務時間外」はハードボイルドに断りまくる。このバランスは大事にするようにしましょう。

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