ジュネーブ留学記(3)酔いどれ隣人との別れ

(これまでの経緯はこちらから)

スイス・ジュネーヴ留学失敗記(1)酔いどれ隣人との出会い
スイス・ジュネーヴ留学失敗記(2)打開策がもろ刃の剣だった

ところでそうして2ヶ月ほどが経った頃、例のポーランド人とちょっとしたいざこざがありました。

それほど真面目に授業を取っていなかったお言っても、単位は欲しいのでテストを受けたりする必要はあります。ですから、テレビばかりを見ていたわけではなくて、自室では宿題に取り組んだり、レポートを書いてみたりといろいろ忙しくはしていました。ところがそんなある日、突然隣の部屋から窓ガラスが揺れるほどの爆音の音楽が聞こえてきたのです。それはポーランド人が酔っ払って、スピーカーからとんでもない音量で音楽を聴いているのでした。一日二日であればそういうこともあるかと我慢できますし、それに相手は酔っ払いで紙巻きたばこを自分で作ったり、金魚をいじめたりする男なので、揉め事になるとやっかいなことになる可能性があります。私は衝突するのを避けて、直接文句を言うようなことはしないようにしていました。しかしそのようなことが数日続いたのです。その時に私は初めて気がついたのですが、そのフロアには北側に5室、南側に5室の合計10室あったはずが、学生が暮らしているのは私とそのポーランド人と、あとは離れた方に一人か二人いるくらいで、空室がとてつもなく多かったのです。あとで気がついたのですが、酔っ払いで人の迷惑になるようなことばかりをその男がするので、ほとんどの学生がフロアを移ってしまったようでした。

私はその時にはまだ十分に把握していませんでしたからのんきに暮らしていたのですが、あまりにも騒音が続くのでいよいよ我慢がしきれなくなり、その男の部屋に行って、うるさいからその音楽を止めてくれないかと頼みました。「ああそうか、君は勉強してるのか。それは悪かったね」と彼は素直に言ってくれました

私はありがとうと言って自室に帰りました。レポートを書くために、パソコンに向かいます。しかし作業は思うように進みません。なぜなら音楽が先ほどまでの音量と全く同じ状態でなり続けているからです。

私は再度隣人の部屋を訪ねました。ノックすると、彼は出てきました。「音楽のことなんだけれども、小さくしてほしいんだけど」というと、「ああ、音楽ね、うんわかった」と彼は言います。

ジュネーブ留学記(4)スーパーの話〜ミグロとコープ

ジジュネーブ大学の寮に暮らしていた。キッチンは共同で、若干潔癖症の嫌いがあるし、その上その頃はコミュニケーションがかなり苦手な方だったからあまりキッチンには入らなかった。

しかし何か食べなければならない。かと言って金に余裕はないし、ジュネーブは物価が高い。いつも外でご飯を食べるなんてことはできないので、スーパーマーケットによく行った。

手のかかる料理はできない。キッチンが使えないから。それで、とりあえず湯を沸かせるようにティファールの湯沸かし器もどきみたいなのを1つ安く買って来た。これがあれば、それこそカップヌードルでしのぐこともできる。日清のカップヌードルがジュネーブでは売られていたのでずいぶん助けられたのをこれを書いていて思い出した。牛肉味と鶏肉味があったように思う。どちらも大して美味しくはなかった。日本の工場で作るものとはかなり味付けも違っていたらしく、美味しくなかったというよりどっちかといえばまずかった。

それでも、キッチンを使わずに何か温かいものを口にできるということで、私は重宝していた。

あとは小包装になったソーセージを時々買って来た。一本の大きさが12センチくらいの大きさだったと思う。それを、ティファールもどきのなかに突っ込んで、湯を沸かしてしばらく置いておくといい感じにボイルできる。それを、トルティーヤの皮みたいなものにはさんで、千切りキャベツをドバッと入れて、最後にチリソースをかけて食べる。これもよくメニューとして登場した。

あとは、電子レンジで米が炊けるというアイデアグッズのようなものを日本から持って行っていたので、ときどきそれで米を炊いた。この電子レンジご飯がとにかくまずかったのを覚えている。まず、そもそも売られている米が美味しくない。ジャポニカ米みたいなのではなくて、ちょっとタイ米とかそういうタイプの米で、日本の炊き方には合ってない米だったし、その上電子レンジで炊けるその器具がそれほどうまく炊けるものではなかったので、いつもベチャベチャになるかカチカチになるか、あるいはその両方がいっぺんに炊き上がるかのどれかだった。

その大して美味しくもない米を、何かと一緒に食べていた。はずなのだが、何をおかずに食べていたか思い出せない。ふりかけをかけていたこともあったと思うが、それはどこで手に入れたのか。もしかしたら日本からそれも持って行ったか、スーパーに売られていたか。そういえば、近くにあるスーパーではなくて、市の中心部にあるデパートの地下にあるスーパーには日本食材コーナーがあったから、そこで買ったのかもしれない。

いずれにせよ、そのまずいご飯でも、やたらありがたかったので記憶に残っている。

スーパーといえば、寮の近くにミグロがあった。グーグルマップで見てみたら、まだそのミグロがあった。ここにはよく行った。

ミグロは私のイメージでは、比較的庶民派のスーパーで、買い物がしやすかったように思う。ティファールもどきでボイルしたソーセージも確かミグロで買ったものだったと思う。緑とオレンジがミグロのカラーで、この色を見るだけでも当時のことが思い出されて泣けてくる。

ジュネーブに限らず、海外では大抵そうだが、スーパーのレジの態度は良くない。日本みたいに丁寧ではないし、優しさを感じない。ミグロもそうだったが、それにしてもジュネーブのミグロは当時はレジが冷たかった印象が強い。行くたびに嫌な思いをしていたように思う。それでも一番近くて安いスーパーなので、ミグロの世話にならざるを得なかった。

もう1つのスーパーはコープだ。スイスではミグロとならぶスーパー二大巨頭のひとつ。ジュネーブではないスイスの都市でもこの2つが強かったはず。

コープは、当時の私の印象では、ミグロよりもちょっとだけおしゃれで高級な感じ。ポップさがミグロよりも上で、コープに行くと安心したものだ。が、問題は価格だ。ミグロより少し高かった。少し高いだけでも、当時金がなかった私には厳しかった。だからときどきしかコープには行かなかった。

そういえば、コープで買ったパンがめちゃくちゃおいしかった。ジュネーブのパンは、フランスのパンよりもレベルが低いと馬鹿にされることが多いと聞いたが、コープで買って食べた細長い焼きたてのフルートは、これまで食べたどんなパンよりも美味しかった。翌日食べるために買ったつもりが、帰り道に試しに一口だけ焼きたての間に食べようと思って口に入れたらあまりの香ばしさと旨味にびっくりして、家に帰り着く前に食べきってしまった。あれほど美味しいパンには今のところありついていない。

フランスに行く機会もそれから何度かあったが、あんなには美味しくなかった。もしかしたら美味しいパン屋だとあんなのが食べられるのだろうか。食べられるならまた食べたい。

年末年始の新幹線チケット予約で失敗しない方法(自戒を込めて)

毎年恒例、里帰り

夫婦揃って実家が中国地方なので、毎年新幹線か飛行機で年末になると里帰りをします。お盆は飛行機を使ったので、年末は新幹線にしようということで、先日予約を済ませました。なんとか取れましたが、これが結構たいへんだった。

JR東海「えきねっと」から、乗車1ヶ月前までなら事前予約できる

JR東海では、乗車1ヶ月前までなら「えきねっと」から事前予約が可能です。ところがこの事前予約というのがなかなか厄介です。厄介な理由の一つが席の並びパターンの選択。事前予約の際には、次の3つの席並びパターンから選び必要があります。

A 2人席
B どの席でもかまわない(ただし隣同士)
C どこでもいいし、席が離れてもかまわない

私たちは夫婦2人だけなので、できれば2人席がよいです。さらによき夫であろうとする私ので仮に3人席になった場合、窓側(または通路側)は嫁に明け渡して真ん中を私が陣取ることに自然となります。しかしそれは私にとって非常につらい。なぜならたいてい隣に来るのはおじさんで、そしておじさんは高い確率で太っている。私もまだ30前なのに、太っている。太っている二人が隣同士になると座席がとても狭く感じられ、おじさんも私も互いにいやな思いをします。隣に来るおじさんのためにも、是非2人席が好ましいのです。

しかし二人で乗る人たちは、たいてい同じことを考えていて、みんな2人席を希望するので、結果としてその倍率はとても高くなります。

昨年はというと

昨年新幹線で年末に里帰りしたときは、「新型車両の2人席」で予約しました。まさか落選するほど申し込みはこないだろうと甘く見ていたら、あっさり落選。あせって予約をしなおし、なんとか取れたのが喫煙席で3人席。タバコをすわない私はひどい目にあいました。そこで今年はどうしようかと考えたのですが、どうしても3つの並びパターンから選択させられることに不満を覚えます。

4時間の乗車で、席がばらばらでは退屈なので、まずCの「どこでもいいし、席が離れてもかまわない」は選択肢から外れます。残るのはA「2人席」かB「どの席でもかまわない(ただし隣同士)」ということになります。でも私が本当に求めているのはこの中からどちらか一つを選ぶのではなくて、「できれば2人席がいいですが、だめなら3人席も受け入れます」という選択肢なのです。しかしそれは提示されません。「2人席がいいとおっしゃったのはお客様です。取れなかったらあきらめてくださいね><」がJRの回答です。

それを受けて今年は

私たちは悩んだ挙句「新型ではない車両の2人席」を希望して事前予約を行いました。さすがに大丈夫だろうと。で、結果はまたもさっくり落選。昨年の経験がほとんど生かされず、2年連続で落選⇒あせって取り直しとなりました。今年はたまたま別の時間で2人席が空いていたのでうまく予約することができましたが、またも危ないところでした。

結局どうすればよいのか

まず言えることは、事前予約をしてもおいしい時間帯のおいしい車両のおいしい席は取れない可能性がたかい!ということ。だから、「どうしてもこの日に乗らなくちゃだめなんだ!でも2人席がいい!」という場合は、おいしい席だけど、いまいちな時間帯のいまいちな車両、を選ぶのがよいです。(それでもダメな可能性はありますが、それでもだいぶんマシなはず)

もうひとついえるのは、必ず事前予約を利用する、ということです。事前予約をしてもいい席が取れるとは限りませんが、事前予約なしではもっと難しくなります。特に今年みたいに1月3日が正月休み最終日という人が多い場合、予約がこの日に集中します。事前予約なしで良い席を取ることは難しいです。

事前予約にはもう一ついいことがあって、それは「予約のし忘れ」を防げるということ。毎年のことなのに毎年「予約をし忘れた!」というおっちょこちょいが必ずいます。(私も基本的にはその口です。)でも、事前予約が頭に入っていれば「やべっ予約してない!あっ、もう全部満席!」という悲惨な事態は防げますから。

それにしても中国地方は遠い

関係ありませんが、東京から中国地方は遠いです。そもそも中国地方という地名は「関西地方と九州地方の中間ら辺にある地域」という意味らしいので、便が悪いのは当然ですが、しかし不便だ。4時間はつらい。いやだ。

10年で5回引っ越しをしたらいろいろ勉強になった

今はマンションを購入して暮らしているが、賃貸に暮らしているときは結構頻繁に引越しを繰り返した。

長いと4年、短いと1年で引っ越したりもした。東京に来てから10年になるがその間に5回ほど引っ越ししている。

引っ越しの理由はいろいろで、家族構成が変わったりだとか、隣人とのトラブルで怖くなって逃げ出したりだとかいろいろだ。

引っ越しは手間もお金もかかるし、たいへんなことも多いのだが、住む場所が変わると刺激になっていいし、さらにそれに加えて自分の中に住処についての知見がたまっていくのがよかった。

特にマンションや家を買うときには以下のようなことを決めながら選んでいかなければならないが、私の場合は引越しを多くして来たおかげで自分の経験から何がどの程度重要かを考えながら家を選ぶことができた。

  • 方角
  • 駅からの距離
  • 都市部、郊外
  • マンション、一軒家
  • 低層階、高層階

方角

私の場合は狙ったわけでもないが、東西南北全ての方角の部屋に住んできた。たまたま引っ越した先がいろいろな方角だったのだが、結果的にはいい勉強になった。

結論から言えば、南向き(東南、西南含む)以外は私には辛かった。

北向き

とにかく寒い。そして暗い。タワーマンションなら北向きも悪くないというが、そうでなければコストが安いことを除きいいことはない。

洗濯物も乾かない。夜帰ってきたらこれでもかというくらいに部屋は冷え切っている。湿気もこもりやすく、結露がすごい。夏はそう言えば涼しかったかもしれないが、夏なのに暗かったことのほうが印象が強い。

北向きは安いが、安いものにはそれなりの理由があるという大きな学びは得られた。

西向き

北向きに比べればだいぶんましだが、それでも暗い。日が差し込んでくるには来るが、夕方の日差しは物悲しくて晴れやかな気分になることはない。好みにもよるかもしれないが、実際西日しか当たらないとさみしい気分がするものなのではないか?

あと、寒いし暑い。いいタイミングで日が当たらないから、冬場はしっかり寒いし、夏場は夏場でバッチリ暑い。洗濯物は西日だけでは乾きにくい。

東向き

北向きよりは圧倒的に良い。西向きと比べても、朝日が差し込むので気分が良い。

しかし洗濯物は相変わらず大して乾かない。午前中の日差しだけでは十分ではない。

夏の暑さは東向きの場合はかなり改善される。しかし問題は冬だ。東からの朝日だけでは暖かさは不十分。寒い。そして午後暗くなるのも早い。

南向き

結局南向きしかない。どんな季節でもある程度明るさが保たれているし、暖かさもあり、夏場はそれないに暑いが西日がガーッと差し込んで来るわけでもない。

東西南北全てを経験した結果、南向きが最高、少なくとも東南あたりでないもつらいことがわかった。北向きや西や東の価格の優秀さには惹かれるものはあるが、しかしその表面的な魅力に負けてはいけない。南に向いていることの大切さを身に染みて知った。ちなみに東に若干振った南向きのマンションを私は購入した。

駅からの距離

これもいろいろ試す結果になった。これまで住んだところだと、駅徒歩2分、3分、5分、7分、16分、となる。

もともと極端な駅近志向だったが、もしかしたら以外と遠くてもいいのではないかと少しずつ離れていって最終的には15分越えになってしまった。

最初の2分のマンションは最高だった。都心の地下鉄駅が最寄りで、立地だけが売りの激狭ワンルームだったが、それでも立派だけで全てをカバーできた。

次の3分のマンションは、少し都心から外れた東京23区の東側の地下鉄駅。それでもそれなりに便利なところだったが、地下を走る線路の真上に建っていることがいけなかった。電車が通るたびに微振動がしてごとごとと低い音が聞こえてきた。分譲賃貸だったので、それほど悪い建物ではなかったはずだが、それでも線路の真上はダメだった。駅からの距離は良かったものの、地下鉄の上に住むのは向いていないことを学んだ。

続いては駅から5分のところ。23区の西側の地下鉄駅。距離はそれほどないが、若干坂になっている。といっても全部で歩くのは5分だから全く問題ではない。静かなところだったので、なかなか暮らしやすかったし、距離も程よく線路から離れていてよいところだった。このあたりで、ちょっとくらい駅から離れても大丈夫かなあと思い始めた。

その次に住んだのが、駅から7分の距離のところ。こちらは多摩地区の私鉄沿線沿い。緑豊かなエリアで気持ちよかった。歩く距離7分も決して遠いというわけではなく、楽だった。が、それまでよりも都心から離れてしまったためにその分不便な印象が強くなってしまった。この辺りは人によって好みが分かれるところで、街中から離れたい人には問題にならないのだろうが、アウトドア好きでなかったり自然な囲まれていなければダメという人でなければ、都心に近いほうが暮らしやすいのだなあという気づきがあった。

そして最後が駅徒歩16分。23区の東側に戻ってきた。地下鉄駅で便利の良いエリアだったが何しろ駅が遠い。しかし案外いいところもあって、何かと言うとそれまでひどかった腰痛がすっかり治ってしまったことだ。歩くことが健康のために大切であることが、よーく分かった。そして同時に、とはいえ15分を超えると結構遠く感じることもしっかり分かってしまった。自宅に着く頃にはヘトヘトになってしまう。運動不足解消にはもってこいだ。その分、しんどいという覚悟を持って住む必要はある。

車があるなら、15分超えてもそれほど問題はないだろうと感じた。しかし車を持たないとなると、7分を超えるとちょっとしんどいように思う。自家用車でなければ、カーシェアやレンタカーをすぐに使えるような立地であるほうがよいと思う。

私の場合は、通勤時間を可能な限り短くしたいという思いが強くなったため、駅から3分のところにマンションを購入したわけだが、5分以内ならなんとかなるだろうなあという思いはある。

都市部か郊外か

はじめに東京で暮らしたのは、中央区だった。人形町から歩いて2分。水天宮までいけば半蔵門線で渋谷にも出られるし、勤め先も中央区内にあったので、めちゃくちゃ便利だった。しかもビジネス街にあたるため、土日は全然人がいない。しかし問題はスーパーがほぼないことだ。一人暮らしなら良いが、ファミリーだと少々厳しい。

次は23区の東側、西側と続く。都心に視界とは言わないが、まあそれほど遠くもなかった。どちらも副都心エリアには比較的すぐに出られるし、通勤も30分から40分程度で楽だった。買い物も便利だったので、それなりに都市部に近いメリットを享受できていたと思う。

次が多摩地区。ここが問題だった。この頃から車を持ち始めたのだが、車がなければかなり辛かっただろうなあと思う。駅まで7分で、それは別に良いのだが、都心に出ようと思うならかなり覚悟して出かける感じだった。結果として、ほとんど都心には近づかなかったように覚えている。かといって、車があっても幹線道路はとてつもなく渋滞するから、郊外にたくさん出られたというわけでもない。車で抜け出すにも少しでも朝出遅れると、あっという間に渋滞に飲み込まれる。どこかに行くために車に乗って、ただひたすら渋滞の中で車に乗ってノロノロ進むとも進まないとも言えないスピードで動いていた。

そのあとはまた23区の東側に戻ってきた。ほぼ千葉県という辺り。ここは日本橋や銀座などに出るならかなり便利なところだが、なにしろ駅から15分以上かかるところに家があったので、電車に乗ることはそれまで以上に減ってしまった。休日はほぼゼロだったように思う。で、車に乗って千葉の方とか茨城の方とか、休みになると出かけていった。それはそれで良かったが、問題は通勤だ。ドアツードアで一時間以上かかったし、なにより電車がとてつもなく混雑する。当たり前の時間にで車に乗ろうとするとはじき出されるので、まだ空いている時間に通勤するようになった。具体的には6時45分ごろの電車だ。しかしそれでも座れることはなかった。とにもかくにも通勤がつらい印象だ。

郊外が良いか、都市部が良いかと考えると、私はアウトドアも自然も好きではないので、郊外にメリットは感じなかった。一方で、都市部に多少近づいても通勤が辛ければ体にこたえる。結果として私は23区の西側、通勤時間30分程度のところに家を持ち、車を手放すことにしたわけだが、今のところ良い選択だったと思っている。

マンションか一軒家か

東京では一軒家に暮らしたことがないので、残念ながらこの点については経験できなかったが、しかし実家が一軒家なのでどんなものかは想像がつく。

一軒家とマンションを比較してみると、マンションの強みは寒くないとかセキュリティが高いとか、あとはゴミ捨てなどが便利とかそういうことになるだろうが、実はこれは物件による。

例えば最近まで住んでいたマンションは、二階でその下が駐車場になっていた上に角部屋だったので、とても我慢できないほど寒かった。しかも東向き。夜になると凄まじい冷えが襲ってくる。床暖房をつけ、エアコンを入れて、フリースだのダウンだろユニクロたちを総動員して寒さに耐えていた。同じマンションの二階でも、南向きで下に家があるところでは、むしろ反対に暑いくらいだったというから、日当たりと隣家、下階の有無はかなり大きく影響するようだ。

一軒家も魅力的だったが、東京では立地や価格の面から自然とマンションを選択することになってしまった。

低層階か、高層階か

こちらも残念ながらほとんど低層階の部屋だったので、高層階と比較することは難しかっ庵。唯一、学生時代に留学していた頃、寮の部屋が11階辺りで、部屋はおんぼろだし風呂もトイレもキッチンも全て共用で音漏れもひどくて最悪だったが、景色が最高だったことはよく記憶している。景色は毎日見るものなのでいずれは飽きるかもしれないが、それでも時々思い出したように遠くを眺めていると案外落ち着くものではあることは、その時の経験から学んだ。

ということで、今の家は4階で決して高層階ではないが、高台にあるため視界は抜けていて、ゴミゴミしているとはいえ空と街並みが見えるので、満足している。

賃貸であることを生かしていろいろ引っ越しすることをおすすめ

ということで、マンションを買うまでにいろいろと回り道をしたし、引っ越す度に後悔したり満足したりいろいろだったわけだが、経験はいずれは何らかの形で活かすことができるのだとも後になって見ると思う。あのとき北向きの部屋で凍えて自分に北向きは合わないことを知ったから、マンションを買うときにも価格を重視して北向きを選ばない選択ができた。また、15分以上も駅から離れたところに住み通勤時間が長いことが自分にとってどれだけ苦痛かを知れたから、比較的通勤に時間がかからないエリアを選択できた。今のマンションが最適解かどうかはわからないし、改善できるところはまだまだあるけれども、また引っ越したの?などと揶揄されながらもいろいろ試してきたことは、今となってはよかったなあと感じている。

百味ビーンズをもらった。送る相手を間違うと手痛い目にあうお土産だった。

先日、とあるところから「百味ビーンズ」というお土産をもらった。ハリー・ポッターシリーズをご覧になったことがある方であればお分かりかもしれない。USJで売られているお土産の1つである。

どのようなものかと言うと、パッケージに入ったゼリービーンズだ。パッケージの大きさは5センチ四方×高さが10センチ程度の紙製の箱で、昔風のきれいな絵が描かれたなかなか可愛らしい見た目をしているパッケージである。こんな感じ。

さてこの百味ビーンズであるが映画の中でどのような扱いを受けたお菓子かと言うと、1口で言えば闇鍋のお菓子版といった感じのものである。

中にはスイカ味やマシュマロ味のような、いかにもおいしそうな味のビーンズも入っているが、反対にミミズ味や土の味、草の味、さらには鼻くそ、耳くそ、ゲロといったとても口にしたくは無いような事まで再現されたジェリービーンズなのである。

ちなみに商品のタグはこんな感じ。

この百味ビーンズ、かなり気合を作って入れて作られているもののやるらしく、その価格もなかなかのものだ。正直に言って見た目ほどかわいい値段ではない。中におよそ100粒位だろうか、ゼリービーンズが入っているが、決して大きくないこのパッケージのお菓子としてはかなり高い部類に入るであろう1,800円と言う強気の価格が設定されている。

1,800円に何が含まれるかと言うと、これはおそらく輸入に係る費用がかかっているのだろう。つまり製造も開発も、これはアメリカで行われたお菓子で、いわゆる輸入菓子に入るものである。輸入菓子と言うと、特にアメリカのものに関して言えば色が派手なだけとかあるいはあまりなら甘いといったとても極端なお菓子を思い浮かべるだろう。そういう観点で言えば、この百味ビーンズも同様で消して繊細なお菓子ではない。

それでも百味ビーンズはすごい。どうすごいかというと、ハリーポッターの映画シリーズで登場した百味ビーンズが本当に存在するとしたら、たしかにこんな味なのだろうと思わせるその再現度がすごいのだ。言い換えれば、おいしい味はともかくとして、まずい味の再現度が恐ろしく高いのである。

ちなみに私はどちらかと言えばゲテモノ的な食べ物が得意だ。今までで食べたものでは、ワニだったり、カエルだったり、サメやウサギ、アヒルの腸、牛の脳みそ入りのマーボードーフなど、それなりにチャレンジをしてきた人間である。(とは言え美味しく調理され味も整えられたものであるので、味はもともと悪いものでは無い)こういったゲテモノを割と食べてきた私ではあるが、実はこの百味ビーンズを食べて飲み込めず結局吐き出してしまったものが何種類もあった。

不味くても食べられたもので言えば、石鹸の味。これは全く問題なかった。口に入れた途端口の中が泡だらけになったような錯覚を覚えるほど、その味は石鹸そのものという感じではあったがそれでもまぁ冗談として受け入れられるレベルの味であった。それ以外には、ミミズ味も食べてみたがこれも飲み込めた。私はまだミミズにチャレンジをした事は無いから、もしかしたらそれが理由かもしれないがミミズの味を連想させると言うより、ただ単にあまり味のないゼリービーンズだった。確かにそれほど美味しくはなかったけれども飲み込めないようなものではない。

さらに土の味、草の味のようなものも食べてみたが、これらも吐き出すほどのものではなく、かといって美味しくはもちろんないけどでも食べられないと言うのものでもなかった。

問題は、鼻くそ、耳くそ、ゲロの3つだ。この3つは正直手に負えなかった。

鼻くそ耳クソは何が問題だったかと言うと、その匂い。何とも言えないくさーい臭い。なんとかすれば飲み込めるかとしばらく口の中でもぐもぐやってみたが最後にはその嫌なニオイに負けてしまい、どちらも口から吐き出してしまった。

これらも当然しんどかったが、特に問題なのはゲロ味だ。

ゲロ味の1番の問題は、その酸味にある。臭いはともかく、酸味があるものはやはりとても飲み込みづらい。しかもこれが「ゲロ」の味であると言う認識が最初からある中で口の中に放り込んでいるので、これを咀嚼して飲み込むと言う事はとても勇気が入り体が受け付けなくなってしまった。なので鼻くそや耳くそはしばらく口の中で咀嚼していたら、ゲロは1口というか1回噛んだだけですぐにティッシュにぶっと吐き出してしまったのである。

この商品を試してみて思ったのが、アメリカ人が本気を出すとそれはほんとに怖いということ。特にエンターテイメントの部門で彼らが本気を出すと、そして彼らがその再現度真剣に取り組んだにするようになると、ほんとに恐ろしいものが出来上がるのかなと言うことが改めて思い知らされた。繊細なお菓子を作るのはきっと彼らも得意では無いだろうが、実が効かないぐらいに実を効かせたお菓子の製品を作らせると、なかなか日本人には太刀打ちできないのかもしれない。この商品を日本で作ろうとすると、「美味しくはないけれども食べて食べられなくは無い」と言うレベルを目指してしまうことにはなるのではないか。しかしアメリカ人は違った。というかUSJのアメリカチームは違った。ハリーポッターで出てくる百味ビーンズは、ゲロ味を初めてダンブルドア校長が食べてそのせいで100ミリインズが嫌いになるほどなるのだから確実にまずいはずである。それを中途半端の美味しさで出してしまうのは、英語に対して正直にものを作ってないと言うことになってしまう私それはお客様求めていないはずだ。というマーケティング行ったのであろう。結果として真剣にまずいあれは新規ますか作ると言う特別な食べ物ができてしまったのである。

この製品が実際にどういうもうどんな評価をすべきかと考えは、中高生向けのパーティー靴として考えるととても完成度が高く話題性も高く神力の高い製品であると言わざるを得ないであろう。私がもし中学生で誰かの見上げてこの102ビーンズをもらってクラスの友達と一緒に食べたとすれば、それは盛り上がる日がいない。美味しいのが食べたいし一方で変な味も食べてみたい、結果として恐れて逃げていろんな人と話になってするのられますはもっと楽しい事嬉しい。そういったことを考えれば100味ビーズはとても成功しよるものであろうと言う事は想像に難くない。

反対に、これはただのお菓子としてそして誰かに渡すお土産として考えたときに良い製品かと言われると、坂が首をかしげる部分もある。日私は家に子供がいるが、夫婦と子供3人でこの製品を食べる時って5歳の子供はまずい味を全て嫌がった。結局口にしたのは私だけ私以外の家族は誰もまずい味が口にしなかった。その結果おいしいマシュマロのようなゼリーりんごに行なったがその他の土屋草ミミズゲロ鼻くそといったネタ系のゼリービーンズは全く売れ行きが悪く、結局全て残ってしまったのだ。

他の製品でもあるしおそらくこのお土産くれた人は私たち喜ばせようと思って送ってくれたのではあろうが、結果として私たちはおいしいものが食べられたけれども半分に悪いもの食べなきゃければ中雨なければならなかったと言う思いが残ってしまったのである。お土産は楽しい気持ちだけなってもらえればいいもののはずで、それがいのまずかったとかあまり美味しくはなかったといった情報が必要なのではない。したがって単なるおいしいお菓子としてお土産を購入するのであればこの石は全くお勧めできないけど私も正直な考えである。

しかし反対にみんなで盛り上がるためにこの石の間であれば私は強くお勧めする。特に若い人たちにとってはこれほど面白いおもちゃはないだろう。

1,800円と言う後から気楽ではあるが、ちょっと楽しみたいと言う若者たちは強くお勧めしたい。でまた

ブラインドか、カーテンか。結論を出した。

カーテンにするかブランドにするかで悩んでいる。

見栄だけを考えれば、ブラインドの方が良さそう。インテリアの本などを見てみても、おしゃれな家には大抵の場合ブラインドがついている。

しかし実際のところはどうなのだろう。使い勝手の面で考えればカーテンの方がメリットが多そうだと思う。

1つにはまず断熱性が挙げられる。変わっていますのでできている。空気の層を多く作ることが単月に大切なので、そもそもカーテンがあるのであることによってカーテンの内部に空気の層ができるということも重要であるし、カーテンであれば窓全体を大ことができるので、せっかく作った空気の窓窓の隙間から逃すことなく保ち続けることができる。

ブラインドも、金属性だったり樹脂製だったりあるいは最近では木製のものも出ているようだ。また布でできているものもあるが基本的には通常のブラインドと同様に薄い素材でできたものがほとんどである。

そうするとカーテンであればできる「素材そのものの中に空気の層を作る」ということは、ブラインドでは実現が難しいと言うことになる。

しかもブラインドはその構造上、薄い連なってできていることになるがどれだけ1枚1枚の板の傾きを変えたとしても次のぴったりなくすと言う事は現実的には難しい。しかもブラインドと窓の間の隙間のことも考えなければならない。カーテンであれば窓を大きく応用に配置することが可能だがブラインドでもまだ結多少大きくしておくように見せかけることが可能であるとしても、窓にぴったりつけて配置すると言う事は難しいだろう。

それは何故かと言えば、ブラインドが逃げることができない「音」の問題があるからである。これもまた素材の問題なのだが、カーテンがあるのでできているのでそれが家風であおられて窓に当たったとしても大した音は発生しない。

しかしブラインドではそうはいかない。ブラインドをしたまま窓を開けると風が吹けば戻ってきたブラインドが窓枠にぶつかって大きな音をかけることになる。これはブラインドの1番大きな弱点であると言っても良いかもしれない。もしかしたらこの問題を解決するぐらいのもあるのかもしれない。例えば素材を改良してみたりもしくは窓枠の後に工夫をしているということが考えられるだろう。しかし実際にはある程度解決ができたとしても根本的に解決までは難しいのが現実だ。

したがって利便性だけを考えればカーテンの方が圧倒的にメリットが多い。というかブラインドには実用面では大きなメリットはほとんどないと言っても良いであろう。

ところが実際には大抵の場合漬けられている。それはもう1つしか出来は無い。デザイン性の高さだ。特に現代的な直線的でどちらかと言えば無機質のデザインが多いマンションや新しい戸建ての家では、柔らかさやその曲線的な形が特徴である布製のカーテンと比べて、直線的で柔らかさよりもその無機質が感じがブラインドの方がマッチする事は簡単に想像できる。

さて翻って我が家のことを考えてみると、中古とはいえども現代的な感じ。壁は白を基調とするクロスが貼られており、床はフローリングだが木材であるわけでもなくその見た目は曲線的ではなく直線的である。部屋の形の全ては近くで構成されている。つまり普通のマンションだ。そのような普通のマンションに合うのは、カーテンのブラインドかと問われれば間違いなくブラインドだろう。

で、結局何が言いたいのかと言うと、私は困っています笑

追記 2018-12-25

結局カーテンにすることにした。

  • 窓を開ける時、ブラインドよりカーテンの方がうるさくなくてよいから。
  • カーテンの方がブラインドより安いから。
  • カーテンの方が断熱性と防音性に優れるから。

 

「努力の跡」が、人を動かす

社内でプレゼンテーションをする人に、プレゼンの仕方についてアドバイスをする機会があった。アドバイスをした相手は二人。どちらも私より年上だ。二人は同じ場で、それぞれ異なるテーマで社内向けのプレゼンテーションをする。

二人ともプレゼンテーションの経験が多いわけではないらしく、そもそも作ってきた資料がかなりわかりにくいものだった。メッセージはあるのだが、おそらく本人の中で十分消化しきれていないからか、伝わってこない。

私の方が年齢が若いが、しかしプレゼンテーションを成功させ目的を達成することが大切なので、かなり大幅に資料への赤入れを行い、最終的には時間の都合もあるので構成の入れ替えをした。

プレゼンターの一人、Aさんとするが、Aさんは私の赤入れに素直に従った。特に反論するでもなく、はいわかりました、と私の修正を受け入れる。

もう一人のほう、 Bさんはと言うと、私の修正に1つ1つつっかかってくる。なかなか素直には聞き入れないが、私は私で自分の内容に自信を持って1つ1つ細かく意図を説明し、最後にはなんとか同意してもらえた。

こうして資料ができあがると、次はしゃべりの問題が出てくる。

数百人を前にしてプレゼンテーションをする機会が豊富にある人は少ない。AさんもBさんもそうで、かなり緊張しているようだった。私はプレゼンテーションを成功させるための一番の近道はとにかく練習することだと伝えた。

Aさんは、わかりました練習しておきますね、素直に受け入れた。

Bさんはというと、練習することには前向きだったが、どのようにやれば良いかわからないとのことだった。私は、プレゼンテーションの内容を見に染み込ませる必要があり、そのためには何度も実際に喋ってみたり、また恥ずかしくても録音や録画をしてみたりするのがよいと伝えた。さらに、たとえば今私の前でやってみてはどうですか、と投げかけてみた。Bさんは度胸があるのか、じゃあといってしゃべり始めた。

Bさんのプレゼンテーションのテーマは軽いものではなく、きちんと聞き手に理解してもらい、行動を促さなければならないような内容だったが、本人のパーソナリティがどちらかといえば軽い方のひとなので、その内容の重大性や緊急性が伝わらないしゃべり方になってしまっていた。

私は心を鬼にして、内容とトーンがあっていない、Bさんの性格とは合わないかもしれないがもっとシリアスな言葉遣いと声の調子で語っていただかないと、聞き手にはきっとメッセージが届かない、という主旨のことを伝えた。

Bさんはそれを聞いて、当然ながら不服そうであった。そして、では練習しておきますと一言言って、その日は終わり。

さて、土日を挟んで次の月曜日。プレゼンテーションの本番だ。

まずはAさんの番だ。Aさんは、プレゼンテーションの修正にも前向きであり、練習もしっかりすると言い放っていた。しかしプレゼンテーションはボロボロだ。ストーリーは道筋が通っているのに、言い間違えたり、項目を飛ばしてしまって後から戻ってきたり、そもそも緊張して落ち着きがなかったりして、練習をほとんどしていなかったことは明白だった。

続いてBさんだ。この人はもともと社内でも軽い雰囲気の持ち主として有名で、この人が壇上に立っただけで少し笑いが起こるくらい。しかも表情がかたい。すさまじく緊張している。これはBさんもダメかもしれない、そう覚悟したが、始まってみれば素晴らしいプレゼンテーションに仕上がっていた。この人が持つ独特のトーンはあるものの、テーマにあった雰囲気とスピードで進んでいく。内容を既に知っている私でも、その内容に引き込まれていくほどの出来栄えだ。誰の目にも、その人がきちんと準備をして、練習を重ねて、成功させるための努力を怠らなかったことは明らかだった。

そのプレゼンテーションの後、Bさんは会う人たいていの人から、あのプレゼンはよかった、と言われたのだという。

私自身、この経験から多くを学んだ。まずは姿勢。プレゼンテーションでもなんでも、それを通じて達成しなければならないことをしっかり意識して、そのために向かっていくこと。たとえばAさんは、資料に対する私からの赤入れに特に反対するでもなく、素直に受け止めていた。それは私の修正依頼がよかったからというわけではなくて、その人が資料に対して、もっといえばプレゼンテーションに対してそれを通じて何を達成したいと思うかを十分に認識していなかったせいだ。もし真剣に成功させたいという思いがあったとすれば、資料の作り方に対してと何か考えがあるはずであり、それを否定されると反発したり説明を求めたりするはずである。Aさんにはそれがなかった。
その点ではBさんは違っていた。指摘1つ1つに本人の意見を語り、私の意見に対する説明を求めた。それを納得するまで続けていた。そもそもの姿勢の部分が大きく違っていたことになる。

加えて、努力の跡が見えるか見えないか、が聞き手やその人を見る人の印象に大きく影響を与えることも身をもって体験できた。

Aさんは、もともとの評価が高い人ではなかった。プレゼンテーションもそこまで巧かったかと言われればそうではない。それにもかかわらず多くの人から高い評価を受けたのは、そこに努力の跡をはっきりと見たからだろう。何かを成し遂げようと考え、そのために必要な努力をすると、そのことをことさら強調せずとも周囲ににはそれが伝わる。反対に、しかるべき努力を怠れば、それだけの結果しかついてこない。

当たり前のことと言わず、成果を得るための努力をきちんとできることは、何をする上でも重要であると改めて気づかされた。

フローリング張り替え、選択肢が多くて悩む人

フローリングの張り替えは、選択肢が多く、悩んで困ってしまう人がいる。私のことだ。

フローリングの張り替えを検討している。うちは築20年ちょっとのマンションで、寝室と子供部屋のフローリングは前のオーナーが張り替えを済ませていたが、リビングと廊下は新築当時のままだ。

20年も経っていると、見事に劣化が進む。

例えばリビングのど真ん中は、10センチ四方ぐらいの大きさで表面の部材が剥がれている。物件を購入した時からそこは剥がれていて、前オーナーが自分で買って来たと思われる補修テープを貼っていた。中途半端な大きさで貼られていたのと、いろいろあって工務店に補修テープは貼り直してもらったが、それでも元の部分と補修テープの色の差は隠しきれない。カッコいいとは決して言えない状態だ。

また、日当たりは悪くないので、結果として窓辺は日焼けを起こしている。色が浅くなったり、痛みが激しかったり。

物件を購入するときは、まあフローリングはそのままでもいいかなあと思っていたが、それ以外の部分のリフォームをやっと欲が出て、というか歯止めが効かなくなってフローリングもついでにやってしまおうか、となってくる。

えーい、やってしまえと進めてしまうのは簡単だが、問題は費用だ。幸いにもうちは狭い家なので、リビングも広くない。12畳を少し切るくらい。それに短い廊下があるだけだから、張り替えが必要な部分は13畳程度だろう。張り替えをやつてやれないことはなさそうではある。

しかし最近は床の張替えといっても選択肢がいろいろある。一口にフローリングといえど、張り替えるか重ね貼りをするかでも違う。無垢材にするのか集合材にするのかも大きい。フローリングではなくてフロアタイルという手もあるし、もっとコストを抑えてクッションフロアも選択肢としては存在する。選択肢が多いのはいいことでもあるが同時に面倒でもある。

さて、うちの場合は、まず張り替えが重ね貼りかで悩んでしまう。いずれ間取りを変更する可能性もあり、そうするとそれまでの間は重ね貼りでしのいでコストを下げるという考え方もある。しかし間取り変更をするにしても、それは子供が巣立ってからか。だとするとまだしばらく先であり、そうであれば張り替えてしまってもいいようにも思う。というふうに決めきれない。

素材はといえば、高くなるしそこまでのこだわりはないから無垢材は選ばないだろうし、とはいえそれなりの質感は求めたいのでクッションフロアも違うだろう。とすれば、選択肢は合成材のフローリングか、フロアタイルだ。

フローリングだと普通といえば普通なので、フロアタイルにしてみる手もあるかもしれない。しかしうちの床は直床だ。詳しくは知らないが、フロアタイルを選べばきっとコンクリートに直にフロアタイルを敷き詰めていくことになるのだろう。コンクリーの上にダイレクトにフロアタイルがあるというのは、想像しただけでも寒そうだ。夏はいい。冬はどうだろう。結構しんどいかもしれない。

フロアタイルは硬さの面での心配もある。コンクリーにダイレクトフロアタイルなら、転べばそれは痛いはず。寝っ転がることも流石にしんどいか。音の問題もありそうだ。何かを落としたりすれば、階下に見事に響き渡るようと予想。

フローリングであれば、まあ今と同じだけの暖かさは得られるだろうし、音の問題も遮音タイプを選んだりすれば解決可能だ。柔らかくこそないが、木なので寝っ転がってもそれほどまでには痛くない。

こう考えるとうちはフローリングにすべきなのだろうなあ。

そうすると次に出てくるのが色の問題だ。寝室と子供部屋はオークとかチェリーっぽい色。そこまで深い色ではないのだが、私は濃いめの床色が好きだ。だからリビングだけ深い色にするのも良いかもしれない。

来客時に見せる可能性があるのは子供部屋くらい。子供部屋とフローリングの色が違うのは、それほど大きな問題にならないように思う。

あとは最初の問題に戻って、張り替えが重ね貼りか、について考えなければならない。この辺は工務店の人に聞いてみて、メリットデメリットを踏まえて考えていくべきだろうか。

方針が決まったら、後日アップデートする予定。

知っていそうでよく知らない、いろいろなマークを紹介。全部わかりますか?

世の中にはいろいろなマークがあります。交通標識やいろいろな製品の裏についている表示とか、それはそれはたくさんのマークが存在しています。

しかし中にはそれが何を意味するのか、わかっているようでわからないものも少なくありません。

たとえばこれはどうでしょうか。

R100

見たことありますよね!確かに見たことはあるんですが、これが何を意味するマークか、はっきり言えなくありまえんか?

これは何かと言いますと、R100マークと呼ばれるものです。

こちらのDTP・印刷用語集というサイトの解説によりますと

R100のマークとは、古紙パルプ配合率100%の用紙(再生紙)を使用していることを表すマーク

なのだそうです。

Recycle 100%のR100を模しているということですね。数字に横線が入っているのは紙を意味しているのでしょうか?この辺りは若干不明ではありますが、色が緑色だとなるほど緑を守るってことなのねとギリギリわかるかもしれません。

つづいてこちらはどうでしょう。

SGマーク

(画像検索結果へのリンクです。)

これも見たことありますね!確かに見たことはあるんですが、これもまた何を意味するのか、はっきりわからなくないですか?このマークは、SGマークと呼ばれるものです。

製品安全協会という団体がありまして、そちらが作ったマークのようです。協会の説明によりますと

SGSafe Goods (安全な製品)の頭文字を合わせたものです。SGマークは当協会が定めたSG基準への適合を当協会が認証したことを示しています。「安全な製品」の目安です。

とのことです。

なるほど、Safe GoodsのSGなのですね。昔のおもちゃ屋なんかにもこんなマークが付いていたように記憶しています。

上の二つはまだ見たことがあるものだからいいです。

では、こちらはどうでしょう。

ん?これは・・・見たことありそうでなさそうな・・・。蝶々がひらひら飛んでいるようですがなんだかよくわかりません。

これ、実は「聴覚障害者標識」というマークです。内閣府のサイトによりますと・・・

聴覚障害であることを理由に免許に条件を付されている方が運転する車に表示するマークで、マークの表示については、義務となっています。危険防止のためやむを得ない場合を除き、このマークを付けた車に幅寄せや割り込みを行った運転者は、道路交通法の規定により罰せられます。

とのこと。なるほど聴覚障害を持った方が車に貼るマークなのですね。

私は結構車に乗る方ですが、しかし道路では見かけたことがありませんでした。聴覚障害者の運転手が少ないのか、それともただ私の注意力が低いだけなのかはわかりません。

耳の形で、聴覚と蝶々の「ちょう」がかかっているのでしょうが、もう少しデザインを改善できないのかなあと思わなくもないですね。

続いてはこちらです。

これはなんとなくわかりますね。少なくとも東京ではこの1年ぐらいでかなり見かける回数が多くなりました。

このマークは「ヘルプマーク」と呼ばれるものです。

東京都福祉局のサイトによりますと、

義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、外見から分からなくても援助や配慮を必要としている方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマークです。

私が個人的にとても好きなマークです。まず背景にある理由にとても納得感がありますし、マークそのものもとても目立ちますので周囲の人が気付きやすいです。しかも意味合いもある程度わかりやすいものでありながら、デザインが洗練されています。

ヘルプマークに関しては、もっと普及して、多くの人がその意味合いを知るようになってくれるといいなと思います。


こうしてみると、マークにもいろいろありますし、見たことがあるものもあれば、あまり馴染みのないものもありますね。正直に言えば、そのマークが付いていてもいなくてもどっちでもいいようなものもありますが、例えばヘルプマークや聴覚障害者標識のようにもっともっと広がるといいなと思うものもたくさんありますので、また今度調べてみようと思います。

年賀状をやめるために私の恩師が見つけた方法とは?(ついでにアメリカのクリスマスカードの場合)

私には恩師がいます。学生時代に私を導いてくれた先生です。

どちらかと言わなくてもドライな性格だと自分でも思う私ですが、この先生にはきちんとしておきたいと思っていて、私としては珍しく自ら望んで年賀状を出しておりました。

恩師はもっとドライでした

ところが、私の恩師はもっとドライでした。

ある年、その恩師から年賀状が届きました。先生は年賀状でいろいろメッセージを書いてくれるタイプではありません。干支と簡単な定型文が印刷されている年賀状がポンと届くのが例年のことでした。

ところがその年は珍しく一言メッセージが添えられています。そこにはこう書かれていました。

「フェイスブックで繋がっていますので、来年からはそちらでお願いします」

先生はそのとき70歳近かったと思いますが、昔からデジタルはしっかり活用されていて、ソーシャルメディアも早々にアカウントを取ってお使いでした。

こまめに投稿もするのでさすがだなあとは思っていたものの、まさか年賀状をフェイスブックに切り替えると宣言されるとは思っていなかったので驚きました。

まあ、たくさんいる教え子の一人でしかないわけで、全員にずっと丁寧し接しているわけにもいかないことは分かります。いちいち年賀状を返していると、手間もコストもかかりますから。

このメッセージは使える

さて、私の恩師が送ってくれたこのメッセージですが、これは使えるかもしれないなあと思ったのです。

年賀状を断りたいとき、本当に難しいのが、やめることを伝えてからやめるか、それともこっそりフェードアウトしていくか、です。

やめますね、と言ってからやめるのが潔くはありますが、このときさてどうやって言ったものか本当に悩みます。年賀状をやめる理由として、しっくりくるものがないのです。

かといってしれっとフェードアウトするにも、なかなかの胆力を必要とします。

そこで我が師のメソッドです。

年賀状をやめることは高らかに宣言しますが、かわりにフェイスブックでは来年からはメッセージを送りますね、と代案を示すのです。

そうすると、年賀状はなくなってもあなたとのコミュニケーションは続けるんですよー。ただ、ハガキでやるコミュニケーションって今っぽくないし、お互い負担ですからやめるっててもありますよねー、といううまい流れが作れるのです。

この「フェイスブック」の部分は、実際なんでも構いません。ツイッターでもインスタでもラインでもなんでもいいです。とにかく、連絡はしますよと明確に伝えることが大切なのです。

ちなみに翌年以降の恩師は

さて、こうやってうまい事言って私に年賀状を送るのをスッパリやめた私の恩師が次の年からどうしたかについて触れておきますと、あれから3年、今の所私のフェイスブックのメッセージボックスには一度も先生からのメッセージは届いておりません。

そんなドライな恩師が大好きです。

アメリカも似たような感じらしい

よく考えてみると、年賀状と似たようなことをアメリカでもやってますね。クリスマスカードです。ちょろっと調べてみただけでも、クリスマスカードを送るべきか、とか、私がクリスマスカードを送らない理由、とか、そういった内容のブログが山ほど出てきます。

やっぱりファミリーアンドフレンド至上主義のアメリカであってさえも、クリスマスカードはやめたくてもやめづらいもののようです。

その中でクリスマスカードを送らないという人の記事を一つ紹介します。

今年私がクリスマスカードを送らない3つの理由(3 reasons why I am not sending you a Christmas card this year.)

(話がずれますが、日本でもアメリカでもブログのタイトルって「なんとかの3つの理由」みたいな似たようなものが結構あるものなんですね・・・)

この記事の著者は11月に引っ越したばかりなのでクリスマスカードを送らないということにも触れていますが、それよりも大きな理由として次の3つを挙げています。

1:コスト

この方は毎年100ドルほどクリスマスカードにかけていたようです。カードを買ってきて、それを加工して、送ったりするとそれぐらいかかるのでしょうね。日本でも似たような金額になっている人も多いと思います。

ちなみにこの方は浮いた100ドルを自分が気に入っているチャリティーに寄付するということらしいので、この辺は日本人の感覚とは違いますね。さすがは金持ちもそうでない人もたっぷり寄付するお国柄の人です。

2:時間がもったいない

つづいて、時間がもったいない(時間は大切)という点も理由としてあげています。

今本当に大事なことに時間を使うべきで、自分たちの場合は年々大きくなっていって子供たちと今できることをしっかりとやっておくこと、ということのようです。日本の年賀状はほとんどがプリンターで作りますし人によってはネットプリントとかで完全外注のこともあると思います。それと比べてアメリカのクリスマスカードは手作りな部分が多いからか、時間を無駄にしている感覚があるのかもしれません。

個人的にはかなり共感できるポイントです。

3:そもそも今年私がしたことは、みんなFacebook知っている

これは今っぽいといいますか、実態に即した理由です。仲がいい友達とかは、そもそもFacebookでつながっているわけで、Facebookに投稿をしていればそれで日常的な様子は伝わっているのだから、クリスマスカードでわざわざ伝えなくてもいいんじゃないの?ということですね。

私の恩師と同じような考えといえば考えです。

確かに言われてみればその通りなのですよね。仲がいい人ならLineなりFacebookなりでつながっていることが多いわけで、年に一回紙のカードで近況報告されたからといってそこに違いがあるかと言われればないわけです。

とはいえ、まだまだ手に触れられる紙のほうが温かみが感じられるから好き、という意見の人も少なくはありません。(タンジブルなんていう言葉がはやったこともありましたね。)だからあまり真っ向から「紙の年賀状を出す人なんて時代遅れだ!」とかいうと怒られそうですし、実際私もまだ100パーセントは辞めていないわけなのですが、それでもここで書かれている3つの理由は、私たち日本の状況を考えてみても同じような理由で年賀状を辞めてもいいのかもなあ、と思えるものなのではないかと感じます。