図書館の近くに住むことは生活の質向上に直結する

図書館の近くに住んでいる。歩いて3分くらいだ。かなり近い。

これまで住んでいた家ではここまで図書館が近かったことはない。加えて他人が触った本を手に取ったり、それを借りてきて自宅に持ち込むこともあまり好きではなかった。結果として大学を卒業してからはほとんど図書館を使わずに暮らしてきた。

今住んでいる家を選んだのは、駅からとにかく近いということを最重要視してのことだが、たまたま引っ越してみたら近くに図書館があったのだ。

しばらくは全然使っていなかった。しかしうちは狭いので、新しく紙の本を買うことは基本的にはほぼしないルールを設けているため、新しい本を読むためには電子書籍を選ぶしか無くなってしまった。そうすると一つ問題になってしまったのが、子供の読書だ。タブレットなどを与えるてもあるにはあるが、そうすると読書どころではなくなってしまう。さてどうしたものかと考えた時に、近くに図書館があったことを思い出してふと寄ってみたのだ。

これが大正解。図書館の素晴らしさに今更ながらに気づいた私は、毎週一度は子供を連れて図書館に行って本を読み大量に本を借りて帰ってくる。

図書館の何が素晴らしいかというと「大量に借りてきても全く読まずに返したってなんの問題もない」ということだ。何を言っているのだ、とお思いかもしれないが、結構大事なポイントだ。

本を買ってきたのではこうはいかない。例えば10冊本を買ったとする。買うときは面白そうだと思って買うのだが、いざ家に帰ってみるとあまり読む気がしない。だが焦ることはない、購入したのだからいつか読めればそれで良い。そう思うだろう。ところが実際はそんなに単純な話ではない。なぜならその読まれなかった10冊はきっと初めて買ってきた10冊の本ではないからだ。それまでにも、買ってきたは良いが読まれなかった本がかなりあるはずだ。

この読まれなかった本は、どんどん増えていく。止まらない。習慣はなかなか変えられないのだ。本は買いたい。そして読みたい気持ちもある。だが読まない。色々な理由があって、色々な理由をつけて読まない。そしてただ本棚がただ埋まっていき、気持ちの奥底にも「読んでない本がたくさんあるな」と少しずつプレッシャーが積み重なっていくのだ。

つまり買ってきた本はそのままスペース的にも精神的にも負担となる。すべて読めればそれでも良い。あるいは読めなかったとしても問題ないほどのスペースや金銭的余裕、精神的余裕があれば良い。または「買ってきてもたまにタイトルを眺めるために置いておくだけでそれは自分の刺激になるから良いのだ」と真剣に心から思えるのであれば、それもまた良い。

私には、残念ながらそれは難しかった。そのため、家が狭いから無駄なスペースを省くために、という良い都合もつけられたので、新しい紙の本を買うことを禁じたのだ。

さて、ここで図書館である。家から3分の距離にある図書館。これは私にとっては「ちょっと遠いが馬鹿でかい本棚」にあたる。うちの近くの図書館はただの公立図書館だ。特別大きな図書館でもない。その図書館にある本の数、お分かりになるだろうか。11万冊だ。

恐ろしい数字だ、と私は思う。だが、その11万冊の中に私の欲しい本が必ず含まれているかはわからない。であればやはり購入するしかないではないか、とお思いの方もいるかもしれない。

そう、確かにその通りだ。一見その通りに見える。だが違うのだ。公立図書館は、同じ市や同じくの中では図書館同士で本をやり取りしてくれるのだ。だから、私が住んでいるところでは、200万冊の本が同じ地域ないの図書館には収めれていて、これをネットで依頼すれば簡単に近くの図書館にまで届けてくれるわけである。

10万冊を超える書籍が歩いて3分の場所にあり、さらに全部で200万冊の書籍がその場所に自宅からネットで届けてもらえて、それを受け取ることができ、2週間借りることができる。無料で。

この図書館の恐ろしさに今更ながらに気づいてから、私は使い倒すことに決めた。おかげで私も子供も読むかわからない本を含めて大量に借りてきては、時に読まずにほったらかし、時に夢中になって読みふけり、時には面白いからと貸出延長を連続で繰り返し、と本に囲まれた生活を遅れているのである。

IKEAのPLATSAは壁面収納のように使うのもアリ

IKEAのPLATSAが結構いい。Platsaは、プラッツァと読む。

価格が安くて大きさの選択肢も多い。組み立ても簡単。一度組み立てた後でもバラして組み替えたりしやすい。

もちろんIKEAなので、重たいし多分耐久性も低い。そんなことに期待しちゃダメだ。一方で、組み立てやすさとかちょうどいい感じの大きさのものを選びやすいとか、そういう点ではかなりメリットが多い。

とってもいい製品だと思う。

ところが、まだ新しいシリーズなので知名度が低いせいか、情報があまり出てこない。そういえば似たようなことをベンチ収納についてもついこの間書いた。うちでは低いプラッツァを2つ買って並べて、ベンチ収納として使っている。さらにもう1セットあって、そっちは壁面収納的な使い方をしている。

壁面収納としては、幅は60センチ×2、高さは180センチのものを買った。それに幅60センチ180センチの引き戸をつけている。狭い家では引き戸は重宝する。リフォームする時に、洗面所の扉を開き度から引き戸に変えたが、リフォームした時の私のベストプレーだったと思っている。スペースをセーブするためには引き戸を選ぶことは必須だ。

で、引き戸つきのプラッツァの上にさらに縦横60センチのプラッツァを載せている。うちの天井高は245センチなのでかなりぴったりの状態。圧迫感が出ることは出るが、色を真っ白にしたのでそうでもない。

奥行きは55センチのものを選んだ。飯田さんという収納アドバイザーの本に、リビングに置く収納は奥行きが深いものの方が実は使えるとあったのでそれに倣った。うちのリビングは広いわけではないので広さだけを求めるなら奥行き40センチにすべきだったのかもしれないが、使い勝手が悪いと元も子もないので思い切って55センチにした。正しい選択だったかは今の所まだわからないが、奥行きが55センチだとハンガーにかけた服を壁に垂直に吊るすことができる。これは結構なメリットだと思う。ずぼらな人には特にリビングに服をかけられてしかもそれを隠すことができるので良い選択肢なのではないか。

このフレームや扉に棚とか色々なものをつけてだいたい42100円。似たような品物と比べるとやはり格段に安い。組み立てもそれほど大変ではなく、ほぼ1人で半日でできた。女性だと1人はつらいので2人でやったほうがいいと思う。

これである程度長く使えるといいと思うがそれはまだわからない。

家が狭いと掃除はラクだ

うちの家は狭い。3人で60平米を切る2LDKだ。リビングルームがあって、主寝室と子供部屋。これで全部だ。

つまり狭い。

あえて選んだ狭い家、という本がある。結構売れたようだ。そこで紹介されている家と同じか、もしかするとそれより狭いかもしれない。

必ずしもあえてこの家を選んだわけでもなく、リッチとか格闘を考えると狭くせざるをえなかっただけなのであるが、悪い選択ではなかったと思っている。

そもそも安いので負担が少ない。とてもいい点だ。

加えて、小さいので掃除は楽だ。昔はルンバを使ったりもしていたが、今となってはそれも必要ない。ダイソンが一台あれば、パッと取り出してパパッと掃除をすればすぐに終わる。

ちなみに風呂も小さい。1216サイズ(1200mm*1600mm)。小さい。だから掃除も比較的にすぐに終わる。

あとは家が小さいので、家具もあまり大きなものはない。するとそれらの管理をするのにもあまり時間がかからない。総じて小さくて面積もないので、手間がかからないのだ。

掃除が嫌いな人には割と素直に小さな家はお勧めできる。

アメリを久しぶりに見たので。音へのこだわりがすごい。

Netflixがいいのは、昔好きだった映画を久々に見られることかもしれない。おそらくオーシャンズ8を見たからではないかと思うが、唐突にアメリがオススメされてきた。DVDも持っていたし、かつてはVHSでも持っていたからまさに擦り切れるほど見た。

ストーリーはもちろん好きだし、俳優たちもいいが何よりいいのは音楽だ。Yan Tiersenの曲がぴったりきている。この人の名前の読み方はヤン・ティエルセンであっているのだろうか。アメリのサントラも相当に聞き込んだが実は知らない。

久々に見てみると、音の演出にすごく凝って作られた映画なのだなと強く感じた。

まず冒頭の子供の頃のアメリが遊ぶイントロ。紙テープをふうっと吹いて飛ばすカットではぱらぱらというかカサカサというかなんとも言えない心地よい音がする。あるいは大人になったアメリが自室で軽商品の蓋を落としてしまうシーン。蓋が転がって剥がしてしまうタイルを外すときの音、そこに手を突っ込んで奥の間を取り出すときの引っ張るような音、そして間を開けた直後に流れるYan Tiersenの曲。どれもがとても良い気分にさせてくれる。ニノと出会って子供の頃に鏡遊びをしていたときの音もそうだ。肝になるシーンでは、重要な要素にはどれにも小気味の良い音が加えられて、やや大げさな感じもするもののそれがこの映画らしい味を生み出している。

登場人物が好きなことを表すカットでも一つ一つ良い音が加えられている。同僚の好きなことは指を鳴らすこと。売店の女は喘息の薬を使っているがこれも良い音を立てる。ストーカー男はプチプチを潰すのが好きだし、アメリが好きなクレームブリュレの表面を壊す時も良い音がなるし、豆の中に手を突っ込む時も気持ちの良い音がなる。アメリの友達が好きなのは猫に水をやる時に器を床に置くとなる音だ。どれも良い糞意味を生み出す。

それ以外にも音を生かした場面はたくさんある。ドミニク・ブルドトーとドミニク・ブルトドー。ドミニク・ブルドトーの棺が階段から降りてくる時の音。どれもが印象的に残っている。

そういえば昔好きな映画の音声だけを録音して眠る時に聞いていたことがある。不思議なことに面白い映画は音声だけを聞いていてもとても面白いのだった。それが聞き取れない言語のも載っであっても、音楽の鳴るタイミングやセリフの音、それらがとても良いバランスで配置されていて、内容がわからなくても長く聞いていられるのだった。

アメリでは音声だけで聴くというのには試したことがなかったが、この映画も多分音だけで楽しめる映画なのではないかと思う。

挨拶できない大人の作り方

私は諦めるつもりありません。だってたった一言でちょっといい気分になってもらえるじゃないですか、挨拶って。ただ一言いうだけですよ。それも短い言葉です。別に満面の笑みで言わなくてもいいんです。少しくらいしかめっ面でもいい。まあできればニコッとして、それでおはようございますって言ってもらえれば一番いいですけど、でもいいんです。とりあえず一言言えばいいんです。おはようございまーす、とか、失礼しまーすとか。ハキハキしてなくてもいいし、一応聞こえればそれで十分。挨拶したってことが大切なんです。それだけで、相手はちょっと気分がいいんです。それができない人がいるんですよね。私はしてますよ。私はしてますけど、ほら、あちらからね。あちらからきちんとした挨拶が返ってこないというか、きちんとしてない挨拶も返ってこないというか。ただ目があって、その目が「どうも」といってるわけでもなさそうな目で。要するに無視されてるわけなんですけど。

どうしてでしょうね、結構な負担なんですかね、ちょっと口を開いておはようございますって言うのは。おはよう、だったらまだ少しはいいのかな。ございます、が負担なのですかね。濁音かしら。濁音が入ってるから、ちょっと言いたくないなとお思いになるのでしょうか。ありがとうございます、も考えてみたら濁音が入ってますね。ありがとう、なら言えるのかも。そうかも、濁音かも!あ、でも「失礼します」には、入ってないか。こんにちは、にもないですね。うーん。

いえ、私は続けますよ、挨拶は。とってもいいでしょう、挨拶。簡単だし、相手にもいい気持ちになってもらえるし、自分も気持ちがいいし。でもねえ、ほら。まあこうしてなんども続くとねえ。それはまあ多少は嫌な気持ちになったりするっていつか、腹がたつとまではいきませんけど。ねえ。いえ、私は続けるつもりですよ、挨拶。ええ、一応はですけど。

マルニ木工 Hiroshimaチェアの感想

マルニ木工のHiroshimaチェアを購入した。これだ。

Hiroshima Chair

ビーチのオイル仕上げ。ずいぶん迷ったが、勢いもあって購入してしまった。

マルニ木工からダイレクトに買おうとはじめは思っていたところ、無印良品にも取り扱いがあることを知り良品週間に購入した。10パーセント引き。マルニ木工で買うと新品はそんなに安くしてもらえないので、無印で買うのがおすすめ。渋谷店や、銀座の旗艦店にも取り扱いがありそうだけれども、ぜひご自身でお調べ下さい。

価格は102,000円の10パーセント引き。高い買い物だ。

さて、感想だが、正直やや後悔している。

問題はすわり心地。さんざん試しに座ってみたにもかかわらず大変に残念な結果だ。どこに問題があるかというと、座面の高さだ。私は身長170センチで自慢ではないが決して足の長い方ではない。そうすると、座面がやや高く感じる。

ただ高いだけなら特に問題はない。しかし困ったことにHiroshimaはすわり心地だけでなく見た目にもとことんこだわってデザインされているので、座面の太ももが当たる部分が極めて鋭く仕上げられているのだ。上の写真でもよく見たらわかると思う。直角よりも鋭角であり、角はあまり丸く削られておらずかなり尖っている。

これが太ももの裏側の筋に座っていると突き刺さるのだ。短い時間なら問題ないのかもしれない。しかし我が家はソファをなくしてダイニングで長くすごく暮らしを選んだので、この椅子に長く座ることになる。長く座れば座るほど座面が私の裏腿を突き刺してくる。最初の日などは裏腿の筋のところに青あざができるほどだった。

私は泣いた。泣くほど悲しかった。すわり心地も確かめて買ったのに、そして高い椅子なのに、いざ座ったら裏腿を攻撃してくるなんて思わないじゃないか。

おとなしくYチェアにしておけばよかった。そうも思ったがもう遅い。買ってしまったのだからなんとか付き合わなければならない。とりあえず今の所はイケアで買ったクッションを乗せてしのいでいる。かっこいい椅子を買ったのに、それにクッションを乗せて座らなければならないとは情けない限りではあるが、座ってご飯を食べたり本を読んだりしたいので我慢して座っているし、そして今こうしてパソコンを開いてこの文章を書いていたりしているのだ。

ベンチ収納にはイケアのプラッツァがちょうどいい

部屋が狭いとベンチ収納が便利だ。座る場所を作りながら、収納スペースも作れるのでたいへん助かる。

しかしベンチ収納のニーズはあまり高くないのか知らないが、なかなかいいものが見つからずずっと困っていた。いろいろと探し回った結果、イケアのプラッツァに落ち着いた。

プラッツァは割と新しいシリーズらしい。買う前に結構調べたが、あまり役立つ情報は出てこなかった。特にベンチ収納としての使い方ではほとんど情報が出てこない。

プラッツァがベンチ収納として使えるということは、イケアの店舗での展示を見て知ったので、決して裏技的な使い方ではないのだろうと思う。だがあまり知られていないし、そこまでプッシュされている感じもない。やはり需要がないのか。

プラッツァをベンチ収納として使う場合は、別売りの天板が必要になる。うちでは幅80センチ、奥行き40センチ、高さ40センチのフレームを買って、それにスピルリナみたいな名前のワークトップをつけている。全部白だ。

もともと探していたベンチ収納は上に開く蓋つきのものだったが、プラッツァではそれは難しい。横に開く扉しかつけられない。それだと不便だと思ったので、扉はつけなかった。横はそのまま棚的に扉をつけずに使っている。

このベンチ収納を2つ並べている。扉がないので中に入れているものは見えるから、多少ガチャガチャして見える。これは仕方がない。なにしろイケアだ。とっても安い。他で見たベンチ収納よりもかなり安くついたし、それでいて品物そのものの見た目も悪くはない。よい買い物をした。

シンガポール旅行の計画記録(シンガポールとビンタン島)

シンガポール旅行を計画している。夫婦+小学生の子供の三人旅。

飛行機は大人一人分はマイルを使って安く上げる。子供は元の価格が安いので、マイルを使わずに購入することにした。最近マイルのレートが悪くなったらしく、JALで1マイル1円くらいの感じ。最低でも2円くらいからのレートで使おう!みたいなことがマイラーたちのブログ等では書かれているようだが、そうは行かなくなったのか。マイルで安く行こうとしている一方で、細かく考えてると機を逃すのでエイっと予約。でも昔はもっと良かったと聞けば、羨ましくはなるのが悲しい。

夏なので、そこそこチケットは高い。ひとり数万円アンド燃油サーチャージ。この燃油サーチャージというのがいつも意味がわからない。サーにチャージだから、燃油代の上乗せ分です、と理解している。正しいかは知らない。調べたが忘れた。燃油代の上乗せ分と言われると、実際は勝手にそう理解しているわけだが、気に入らない。気に入らなくても発生するので、支払う。支払うが気に入らないものは気に入らない。ループアンドループ。

本当はもちろんビジネスクラスがいいが、選択肢に入らない。プレエコでももちろん良いが、これも同様に選択肢に入らない入らない。エコノミーも素敵だ。

夕方に成田を出て、ど深夜にシンガポールに着く。子供大丈夫か、とは思うが、本人も乗り気だしとりあえず試してみるしかないのだ。

夜中の1時前についたらトランジットホテルで一泊して、朝イチでフェリー乗り場に行ってビンタン島に乗り込むプランだ。季節によってはフェリーが揺れるらしい。フェリーが揺れると人は船酔いを起こす。船酔いを起こすと気持ち悪くなって、最悪の場合は最悪なことが起こる。

私たちが行くのは夏だ。シンガポールは夏は雨季ではない。フェリーが揺れるのは特に雨季なのだという。であればおそらくそれほど船は揺れないはず。これが私の希望をふんだんに盛り込んだ予測だ。だが私はそれなりに慎重なので、酔い止め薬を用意して事前にそれを飲み、そして船に乗りこむつもりなのである。酔い止めを飲むと大抵の場合とても眠たくなるものだ。だがその日私たちはきっととても眠たいはずだ。なぜなら深夜に着いたばかりなのに早朝から起き出しているはずだからだ。眠たいところに船酔いを飲んで眠たくなるなら好都合。フェリーで眠れば良い。1時間なんてあっという間だろう。

ちなみにこのフェリーには、ファーストクラスが用意されているらしい。ビンタン島はインドネシアなので入国手続きが求められるが、それを代わりにやってくれたり、フェリー乗り場にラウンジがあったりと至れり尽くせりなのがこのファーストクラスなのだ。そしてそれには余計に金がかかる。だから私たちは酔い止め薬を飲んでしっかり眠ることによって、一般客としてやり過ごすとを予定しているわけである。

ビンタン島での宿はまだ決まってない。一応予約はしてあるが、そこに泊まるかは分からない。なにしろ評判が良いところはとても高額だ。それ以外は、それほど安いわけではないのに、あまりいい体験をしたという評判をまだ聞かない。値段が安くて良いところは、フェリー乗り場からたいそう離れた新しいホテルくらいのようだ。ところで私たちはビンタン島には一泊しかしない。一泊しかしないのはそもそもリゾート慣れしていない私たちがビンタン島を楽しめるかどうか自信がないし、加えて虫や自然がどちらかといえばむしろ嫌いな方なので、すぐに帰りたくなってしまうかもしれないからだ。そんな嗜好なのになぜビンタン島に行くのかと問われれば、それは明らかだ。試してみねば分からないからだ。やってみれば案外楽しいかもしれない。たとえば以前シンガポールに仕事できた時には、同僚に誘われてドリアンを食べに行った。ドリアンキャンディは食べたことがあった私は、そのキャンディがあまりにもアレだったので最初は正直にいうとドリアンにトライすることは嫌だったわけだが、でも試してみなければ分からない。美味しいかもしれない。だから食べた。果たしてそれはとても美味しかった。また食べたい。あのドリアンうまかったな。一緒に食べたライチも悪くなかった。

だからリゾートで虫とかトカゲとかを見るのももしかしたら楽しいかもしれない。私はビンタン島に泊まる。とは言っても、油断は禁物だ。一週間ここにいると決めて全然トカゲ見ても嬉しくなかったとかいう普通の反応だった場合帰ろうにも帰れない。それは避けたい。だから一泊だ。これでよい。

さて、一泊したらすぐにシンガポールに戻るのだ。シティ派の私たちはシティを必要としている。しかしシティはシティで暑かったりいろいろあるし、小学生が楽しめるか分からないので、まずはユニバーサルスタジオに行く。ベタなのがいい。そこでトランスフォーマーに乗ったり、恐竜眺めたり、映画作ってる雰囲気を感じたりするのだ。今のところ子供はトランスフォーマーに興味はないし、マダガスカルも途中で飽きてたし、恐竜は怖いがまだ時間はある。何事も挑戦である。

ユニバーサルスタジオでしこたま遊んだら、たぶん疲れる。疲れたらゆっくりしたい。そこでよいホテルが必要だ。一応予約はしてあるが、これもまだ確定ではない。シンガポールはなにしろホテルが高い。そしてめちゃめちゃ狭い。どのホテルも決め手にかく。

たとえばマリーナベイサンズはどうか。なるほど屋上のプールは楽しそうだ。シンガポールに行くといえば「マリーナベイサンズに泊まるの?」と皆が聞く。マーライオンよりもわかりやすいアイコンであり象徴だ。しかしよしここに決めた!ともいかない。まず高いし、なんか今更感があるのも否めない。いや、正直なところ高いことが一番の理由だ。

では他はどうだ。よいホテルは似たような価格になる。たしかにここらに泊まれば楽しいが、ここで宿泊費にお金を使いすぎると次回の旅行が遠くなる。だから中級ホテル程度を選びたい。しかしこれが難しい。とにかく狭い。ノボテル、ホリデイイン、ホテルジェンタングリンなどで考えているが、やはり決め手にかく。そしてまだ決めきれてない。

食べ物はどうするか。ドリアンも食べたいが、それは後回しだ。まずご飯をちゃんと食べたい。チリクラブとかも食べるつもりだが、しかし子供はうまいのかあれは。もっと食べやすいものが良いようにも思う。ホテルの朝食が一番良かった、なんてことはよく起こることだ。しかし挑戦も求められる。地元のものを、高いものもやすいものも含めていろいろと試してみるべきなのだ。まだ勉強中である。

子どもにほぼ毎晩オリジナルのストーリーをアドリブで聞かせてきた中での気づき

小学生一年生の息子に、この半年ほどほぼ毎晩オリジナルのストーリーをアドリブで話してやってきました。

寝かしつける時に、15分くらいで話し終えられる内容に抑えて話します。

はじめはその日限りのつもりで始めたのですが、次の日ももやってくれと息子にせがまれて、その結果ほぼ毎晩やることになってしまいました。お話を聞かせないと寝てくれない状態になっています。

毎晩となると正直なところ結構辛いです。また話を考える時間か・・・とやや暗い気持ちにもなります。しかし自分自信の訓練にもなる思って、頑張って続けています。子どもも喜ぶし、いずれ思い出にもなるかもしれません。それに、親子の関係性が強くなるんではないだろうか、という確証はないながらも期待をしております。

私の即興お話のやり方

だいたいうちでは9時までに眠りにつかせたいので、8時半ごろには布団に行きます。

そこで二人で横になって、まずは私が話を考える時間をもらいます。だいたい5分くらい。

その間、息子は布団で待ちます。ここで寝たりしてくれると実は楽なのですが、そんなラッキーは今までのところ起きておりません。

まずはざっくりしたメインモチーフと、オチを考えます。それを、いつも使っている設定テンプレートに落とし込みます。

例えば、へんなトイレがあったとします。そのトイレを使うと奇妙なことが起こる。起こるイベントをざっくり決めます。発生するイベントは、何かしらの困りごとです。困りごとを考えると同時に、どうやってそれを解決するかを決めておきます。いわばオチです。

ここまで考えたら大まかな道筋はできたことになるので、話し始めます。あとは適当につなげばいいだけです。

スタートとオチをすぐに思いつけるかが鍵

考えながら話し、話しながら考えることになるので、

すぐネタが尽きるので、フォーマットを作った

はじめのうちは、毎回新しいタイプの話を作っては話してやっていました。

しかし、

僕のサンタはスーツを着て、玄関からやってきた

幼稚園児だったか、あるいはもう小学生に上がっていたか。いずれにせよまだ幼かったある日の夕方、僕は父と2人で居間にいてテレビを見ていた。

不意に父は「誰か来た」と言って立ち上がった。彼は居間を出て、玄関へ向かったらしい。私はそのまま居間にいて、テレビを見ていた。すると玄関から父の声が聞こえてきた。

「ああ、どうもこんにちは」

大きな声で挨拶をしている。誰か知り合いが来たらしかった。父の声だけが聞こえてくる。

「そうですか!それはそれはありがとうございます。すみません、どうも。ええ、それでは。」

といったようなことを、居間からは姿の見えない来客とひとしきり話してから玄関を閉めるガラガラという音が聞こえてきた。

父のその話しぶりから会社の人が家に来たんだな、と幼い僕にも分かった。

父はすぐに居間に戻ってきた。

「サンタさんだった。ほら、プレゼント」

そう言って手に持った包みを僕に渡してきた。

僕はその包みをもらって、やったー!とも、サンタさんきてくれたの!とかそういうことは言わなかったり、思うこともなかった。

ただ、私は別の衝撃を受けていた。「サンタさんはスーツとトレンチコートを着てやってくるおじさんなんだ」と。うちにやってきたサンタを僕は自分の目で見たわけではなかった。しかし、玄関でサンタと話す父はいかにも会社の人と喋るような感じで話していたし、日曜の夕方でまだ真っ暗ではない時間に玄関に来る人はなんとなく普通の服を着た人なんだろうとその時僕は思ったのだ。だから、サンタはスーツを着て、冬なのでトレンチコートを着ていると僕はその時に理解し、そして何か不思議な衝撃を受けたのだった。一方で、そんな父の様子を見て、母は呆れたような顔をしていた。

そんな父だが、昨年は孫のためにサンタの服を買ってきて自らサンタの役を買って出た。だから息子はサンタというのは赤い服を着て白いひげとメガネをした背の高いおじいさんだと思っているはずだ。私のサンタとはやや格好が異なるが、その人もまた同じサンタなのである。